2024年、人的資本経営やHRテック活用の気運が高まる中、WHIは4つのトレンドに注目してきました。その4つとは、①リスキリング推進、②多様な従業員の活躍推進(女性活躍推進・介護との両立支援)、③建設業・運送業・医師の労働時間上限規制、④生成AI活用です。
2024年には、生成AI分野で画期的なサービスが登場し、AIがビジネスを大きく変える可能性が現実味を帯びてきました。生成AI活用が企業にとって重要なテーマとなり、AI等の最新技術を使いこなすためのリスキリングも引き続き注目されています。
また人手不足の問題に対応するためにも多様な人材が働ける環境を作ることが企業に求められています。特に建設業界、運送業界、病院等では人手不足が深刻であり、労働時間上限規制にどう対応するかが課題です。
本記事の前編では、企業がこれらのテーマにどのように取り組んできたのか、現状や今後の課題について解説します。
1分サマリ
①リスキリング推進
リスキリングは従業員のモチベーション維持が課題、企業で大きな広がりを見せなかった。
②多様な従業員の活躍推進
女性管理職比率向上は政府、企業の取り組み意識が高く、今後も活動は継続する。
介護については管理職向けの研修やコミュニティ活動を人事が支援する流れが生まれている。
③建設業・運送業・医師の労働時間上限規制
建設業・運送業・医師の労働時間上限規制によって、少しずつ労働時間の把握や削減の動きが進む。
④生成AI活用
生成AIの人事業務での活用はまだ道半ば。成功事例の共有や活用者を評価するしくみが不可欠。
1.リスキリング推進
2023年、骨太の方針で掲げられた「三位一体の労働市場改革」の一つであり、政府も推進するリスキリングですが、積極的に取り組んでいる企業はまだまだ多くありません。
株式会社帝国データバンクの調査によると、リスキリングを実施している企業は8.9%でした。また同調査によれば、リスキリングに取り組む中での課題はモチベーションの維持が上位でした。
株式会社帝国データバンク. ”リスキリングに関する企業の意識調査(2024年)”. 2024/11/20. https://www.tdb.co.jp/report/economic/20241120-reskilling2024/
「2024年の人事トレンド4選!企業が取り組むべき対策とは?」では、リスキリングを展開するために必要な以下の3ステップをご紹介しましたが、実際には、最初のステップである『従業員の学ぶ意欲を喚起する』段階でつまずいた企業が多いようです。
▼リスキリングを展開する3つのステップ
ステップ1. 従業員の学ぶ意欲を喚起する
ステップ2. 学ぶ環境を用意する
ステップ3. 学んだことを活かす場を用意する
従業員に対して、急にリスキリングを呼びかけても、モチベーションを高めたり維持したりするのは困難です。実施理由の周知やキャリアアップのような目標の設定がなければ、従業員は学ぶ意欲を持ってくれないでしょう。
まずは従業員に対し、企業としてどのようなスキルを持った人材が必要なのか、今後の事業戦略と結びつけて伝えなければなりません。ただし、技術トレンドの移り変わりは激しさを増しています。企業がどのようなスキルに着目・投資していくべきか、見定めもますます難しくなりそうです。
リスキリングは2024年の段階で大きな広がりを見せなかったものの、引き続き企業が新たな技術に対応したり、自社の事業に必要な人材を育成したりすることの重要性は高いでしょう。
2.多様な従業員の活躍推進(女性活躍推進、介護との両立支援)
女性活躍推進
2024年11月、厚生労働省は女性の管理職比率の公表義務について、対象企業の拡大方針を示しました。具体的には、これまで従業員数301人以上の企業が対象だったのが、従業員数101人以上の企業にも適用されることになります。
女性管理職比率向上は海外に比べるとまだ進んでおらず、政府は引き続き企業の女性活躍を後押しする考えです。2025年に失効する女性活躍推進法については、10年間の延長が検討されています。
女性管理職比率向上を推進する企業は多く、WHIの調査では、8割を超える企業がなんらかの取り組みを行っていると回答しました。
株式会社Works Human Intelligence. “【女性管理職比率向上に関する大手企業人事部・従業員調査】女性管理職比率向上に関する施策を実施している企業が8割を超える一方、「施策の効果実感なし」と答えた従業員は4割以上とギャップが”. 2024/03/26. https://www.works-hi.co.jp/news/20240326
女性活躍を推し進める中で、社内にロールモデルがいないといった声も聞かれます。今後は自社だけではなく、他社の女性リーダーとの交流をはじめとする、企業の垣根を超えた動きが出てくることも考えられます。
介護との両立支援
2024年の日本社会は、人口ボリュームゾーンである団塊世代が、75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」を翌年に控えていました。
介護当事者が増加する中、育児と同じく介護に関しても、人事が従業員を支援する流れが生まれています。具体的には、介護休暇・介護休業の取得促進に向けた管理職研修の開催や、従業員同士が情報共有を行うコミュニティの運営等です。
3.建設業・運送業・医師の労働時間上限規制
日本全体で労働人口の減少が見込まれる中、各業界で人手不足は継続しています。それに対して、業界によって差はあるものの、システム投資や社会全体の理解促進により、少しずつ労働時間の管理や削減が進んでいます。
建設業
施工管理システムの発展により、建築業の労務管理やプロジェクト管理は改善されています。しかし、依然として様々な要因で労働時間が長くなる傾向にあることも事実です。
建築業は天候や資材搬入といった外部環境による影響を受けがちです。さらに、現在の建築は様々な職種が関係する細分化・専門化が進んでおり、必要なタイミングで必要な人材を確保しなければなりません。特定の職種は各地に移動しながらひっきりなしに作業を行うこともあります。
以上の事情を考慮して、発注者側にもプロジェクト期間に余裕をもって発注するよう、協力が求められています。
運送業
運送業については、2024年4月より施行された働き方改革を踏まえたトラック運転者の改善基準告示により、時間外労働だけでなく年間の拘束時間についても制限が厳しくなりました。具体的には年間3,516時間から3,300時間になっています。
これを受けて、荷主側が荷物の受け渡し場所を広くしたり、荷物の受け渡し場所付近で待機できるようにしたりと、待機時間を減らすための社会的な協力が行われています。
また、ロボティックスや輸送用パッケージの変更による積み下ろし作業の省力化、中間配送センターの活用による運送時間短縮といった取り組みもあるようです。
医師
医師の過重労働の背景として、慢性的な人手不足による業務負荷のほか、急な呼び出しによる対応(オンコール)、休日診療、研究・学会等で業務が多岐に渡ることが挙げられます。病室や医局等の勤務場所に応じて勤務時間を計測する施策や、勤怠システムによる残業規制のアラート通知といったツール活用、面談の実施等が増えています。
今回の労働時間上限規制を機に、勤怠システムを用いた医師の業務内容・業務量把握が進んでいる病院もあるようです。ただし、勤務時間に含む労働内容の解釈や、「医師が忙しすぎて、アラートの元となる勤怠実績をなかなか入力できない」といった運用面の課題も無視できません。
また医師という職業柄、すぐに働き方を変えられない、労働時間を削減できないという事情もあります。特に地方では医師不足が顕著であり、勤務先以外の病院でも働く「外勤」が地域医療を支えています。そのためどうしても長時間労働になりやすいです。
また産婦人科や救急医療も、業務の特性上、長時間労働になりがちです。現在でも、上限である960時間を超えて働かざるを得ない医師が多く存在します。
2024年は実態把握が進んだ一年でした。医師の労働時間をどのように削減するか、という本質的な課題については、これから議論を深める必要があるでしょう。
4.生成AI活用
2024年はChatGPTに代表される生成AIが多くの業務で注目を集める一方、人事分野での活用はまだ道半ばの状況でした。採用業務や日々の問い合わせ等、特定の領域では一定の成果が見られたものの、導入が進んだのは一部の先進企業に限られています。
「問い合わせを自動化して◯人分の工数削減を実現」といった具体例もありますが、広範な業務改善や組織変革には課題が多く残されています。生成AIを効果的に活用するためには、企業ごとの課題や目的に応じた柔軟な対応が必要です。
こうした中で、生成AIへの注目が続く理由の一つは、非定型業務への適用が可能である点です。これまで手つかずだった創造的な業務や複雑な意思決定の場面で、AIが補助的役割を果たすことで、新たな価値を生み出す可能性があります。
しかし、その成果をどのように定量・定性的に可視化し、経営層や現場従業員に示すかは大きな課題です。非定型業務の効率化は単なる時間削減にとどまらず、従業員体験の向上や組織全体のイノベーションにも繋がるため、この効果を評価するしくみ作りが今後の鍵となるでしょう。
生成AIの効果的な活用を社内に浸透させるためには、成功事例の共有や活用者を評価するしくみが不可欠です。特に、議事録のトーンを調整するといった日常的で簡単な応用事例でも、従業員がその成果を積極的に発信する文化を育てることが重要です。
こうした小さな改善の積み重ねが、他の従業員に新たなヒントを与え、AI活用の裾野を広げます。また、活用者を表彰するしくみや、評価を可視化する取り組みによって、社内でのAI活用がいっそう促進されるでしょう。様々な取り組みを通じて、生成AIが業務全体に与える影響を最大化することが期待されます。
さいごに
前編では2024年の人事トレンドを振り返り、企業での取り組み状況や課題についてまとめました。どのテーマも2024年だけで課題が解決するようなものではないため、中長期的な情報収集と施策の検討が不可欠です。
続く後編では、2024年から引き続き追うべきテーマや2025年注目の新たなトレンドについてご紹介します。