人的資本開示状況から読み解く!人材育成指標で意識したい3つのポイント

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人的資本開示状況から読み解く!人材育成指標で意識したい3つのポイント

2023年3月期から、上場企業の有価証券報告書にて、人的資本情報の開示が義務化されました。

筆者が、人的資本開示の義務化後初の有価証券報告書を確認したところ、定性的な記述は充実していますが、定量的な項目については義務化指標のみ記述している企業も少なくありません。特に、人材育成についてはその傾向が顕著です。

その一方で、初年度から自社独自の指標を開示し、他社と差別化している企業も存在します。

本記事では、初年度の人的資本開示において、特に人材育成に関して開示された事例の紹介と、来年度の開示に向けた独自の指標を開示する際の考え方を解説します。
 

人的資本開示に用いられる人材育成指標

2023年3月期の有価証券報告書から義務化された記載項目は、ダイバーシティに関する「女性管理職比率」、「男女間賃金格差」、「男性育休取得率」の3つの指標と、人的資本に関する「戦略」(人材育成の方針、社内環境整備の方針)です。

ダイバーシティに関しては、上記3つの具体的な数値の開示が義務化されましたが、人材育成を含む人的資本に関する「戦略」に関連した指標や数値の開示については、任意とされました。

しかし、内閣府の非財務情報可視化研究会が2022年8月に発表した「人的資本可視化指針」においては、「人材育成方針について、目指すべき姿(目標)やモニタリングすべき指標を検討し、取締役・経営層レベルで密な議論を行ったうえで、明瞭かつロジカルに説明すること」とあり、ステークホルダーに対する明確な説明が期待されています。

人材育成指標の開示状況

本章では、2023年3月期決算における人材育成に関する指標の開示状況を解説します。

初年度の人的資本開示において、任意指標である人材育成に関する指標をどれだけの企業が開示しているかを明らかにするため、有価証券報告書の調査を実施しました。
調査対象企業は日経225の企業のうち、2023年3月末決算企業である183社です。

調査方法は、筆者がEDINETより、対象企業の有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」を参照しました。

その中で、筆者が人材育成に関する指標と判断したものを開示している企業および指標の数を集計しています。なお、今回は各社の統合報告書やHPは参照せず、有価証券報告書に絞って調査を実施しました。調査期間については、2023年7月~8月です。

調査結果

人材育成に関する指標を目標達成年度とともに開示している企業は、183社中57社(31%)でした。人材育成について、大半の企業は定性的な記述のみであり、具体的な数値目標を定めている企業は約1/3です。

また、具体的な数値目標を定められた項目を分類すると、下記のような状況でした。

人的資本開示_人材育成_グラフ.jpg

グラフ:EDINETから対象企業の有価証券報告書を検索、調査し、株式会社Works Human Intelligenceが作成
参考:EDINET閲覧(提出)サイト https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WEEK0010.aspx


研修への参加者数や制度の利用率を目標とする企業が最も多く、次いでDX人材、デジタル人材といった特定のスキルを持った人材の育成が多い結果となりました。

研修参加者数や参加率、研修時間は人的資本可視化指針で例示されている内容であり、それに沿った企業が多かったといえます。

一方で自社の人材育成方針に基づき、オリジナルの指標を開示している企業も存在します。次章では、特徴的な開示事例を2社ご紹介します。

特徴的な開示事例

事例1:運輸・流通業|西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)

人材ポートフォリオの転換を示す指標

同社では、鉄道事業以外に、ライフデザイン分野(不動産、SC、地域・まちづくり、デジタル戦略、新たな領域)の拡大を目指しています。

具体的には、2027年までにライフデザイン分野の事業ポートフォリオを、コロナ前の20%弱から35%にまで拡大することを目標にしています。 

事業ポートフォリオの変更のために、人材ポートフォリオの転換も必要です。人材ポートフォリオの転換を目指すための指標として、JR西日本の人材育成指標の一つに「移動に連動しない事業に係るスキル保有者」が設定されています。

自社の事業戦略と連動した人材育成指標であり、将来の自社のありたい姿を実現するための指標と言えます。

参考:“2023年3月期 有価証券報告書 西日本旅客鉄道株式会社”. 西日本旅客鉄道株式会社コーポレートサイト. 2023年6 月26日.
https://www.westjr.co.jp/company/ir/library/securities-report/pdf/report36_04.pdf

事例2:保険業| MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社

デジタル人財を2つに分けて定義

同社では、戦略実現のために必要なスキルを明確化し、リスキリングやアップスキル等への人財投資により従業員の自律的な成長機会を拡充するとともに、外部人財を含めた専門人財の確保・活躍を推進し、最適な人財ポートフォリオを構築することを目指しています。

特に「デジタル人財」「海外人財」については、KPIを設定し、重点的に育成する方針です。

「デジタル人財」をビジネスサイド、データ分析サイドの2つに分け、ビジネスサイドはDXを活用してビジネスを想像・拡大することのできる人財、データ分析サイドは高度なデータ分析を行い、ビジネスを実現するためのスキル・専門性を有し、発揮できる人財としています。

多くの企業で、DX人財、デジタル人財の育成が掲げられていますが、DX、デジタルの示す意味は広く、曖昧になることが多くみられます。同社では自社なりに定義付けすることで、目指すべき人財像を明確にしています。

参考:“2023年3月期 有価証券報告書MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社”. MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社コーポレートサイト. 2023年6 月26日.https://data.swcms.net/file/corp-ms-ad-hd/dam/jcr:a834aa23-9bd5-415f-8858-847866030825/S100R36C.pdf 

人材育成指標で自社の成長ストーリーを示す3つのポイント

今年度の決算では、人材育成に関する指標を開示しなかったものの、来年度に向けて自社の人的資本開示を充実させたいと考える企業もいらっしゃるのではないでしょうか。

人材育成に関する指標を開示する=投資家に自社の成長ストーリーを示すということを意識することが大切です。

前章で紹介した開示事例を踏まえ、自社の人材育成方針のストーリーを数値で示すために重要な3つのポイントをご紹介します。

ポイント1:事業戦略と連動していること

1つ目のポイントは、事業戦略と連動していることです。

たとえば、JR西日本では本業がコロナ禍前ほどには回復しない中、今後は本業以外の事業を成長させることが事業戦略の一環でした。

この事業戦略を実現するために、本業以外のスキルを持った人材を育成することが同社の人材育成戦略であり、そのような人材を何人育成できるかといった点が指標として設定されています。  

自社の事業戦略を実現させるために、どのような人材が必要かを考えることが大切です。

ポイント2:育成したい人材像が明確であること

2つ目のポイントは、育成したい人材像が明確であることです。

デジタル人材やDX人材と一口に言っても、デジタルやDXに含まれる意味は非常に多様です。

最低限のITリテラシーを備えた人材なのか、自社内のデータ分析ができる人材なのか、自社でやりたいことは何かを考えたうえで、必要な人材を曖昧にせず、明確に定義しましょう。

ポイント3:従業員の行動変容や事業に及ぼす影響を数値化できていること

特に意識したい3つ目のポイントは、従業員の行動変容や事業に及ぼす影響を数値化できていることです。

研修時間や研修費用をどれだけ投下していたとしても、それがどのような従業員のアクションに繋がるのか、あるいは自社の事業戦略にどのように影響するのか、投資家にとってはわかりません。

その人材が育成されることでの事業に与える影響や効果を語ることで、自社の成長ストーリーとなり、投資家の納得感が得られやすいでしょう。

自社のありたい姿を議論し、逆算的に人材育成指標を考える

育成指標を設定するうえでは、将来自社がどのような姿になりたいのか、それを実現するにはどのような人材が必要かを設定することが重要です。

そのためには、社内の経営層や必要に応じて現場も巻き込んだ丁寧な議論が大切だと考えられます。

まずは5年後、10年後に自社がどのような姿になりたいか、たとえば売上や業界内でのシェア、生産性、新規事業の創出等について考えることが必要です。

そして、その姿を実現するためにはどのような人材を育成すべきか、さらにその人材を育成するために必要な施策は何かを明確にします。

上記の議論を踏まえたうえで、人材育成に関するPDCAを回すためにどのような項目が適切か、それをいつまでに達成するかを決めましょう。

来年度に向けて、今年よりも充実した開示を目指す企業もいらっしゃるかと思います。人的資本開示をただの義務ではなく、自社の人材に関する考え方を投資家に示すことができるチャンスと捉えてもよいかもしれません。

本記事が、貴社の人的資本開示をさらに充実させるための参考になれば幸いです。 

この記事を書いた人

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井上 翔平(Inoue Shohei)

2012年、政府系金融機関に入社。融資担当として企業の財務分析や経営者からの融資相談業務に従事。2015年、調査会社に移り、民間企業向けの各種市場調査から地方自治体向けの企業誘致調査まで幅広く担当。2022年、Works Human Intelligence入社。様々な企業、業界を見てきた経験を活かし、経営者と従業員、双方の視点から人事課題を解決するための研究・発信活動を行っている。

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