適切な利用により大幅な業務効率化を可能とする生成AI。複雑な主題を学習する生成AIは様々な領域で利用されていますが、人事領域においても人事情報分析や研修コンテンツの発案、従業員へのキャリアパスの提案等、幅広い業務への利用が検討されています。
一方で、生成されたコンテンツの正確性が保証されておらず、情報管理上のリスクも想定されることから、生成AIの業務利用を危惧する声も聞かれます。
今回、当社製品である統合人事システム「COMPANY」を利用している大手65法人に対し、生成AIの利用実態調査を実施しました。本コラムでは、生成AIの利用場面や利用している理由等、調査結果と考察をご紹介します。
アンケート調査概要
統合人事システム「COMPANY」のユーザー65法人を対象に「人事業務における生成AIの利用実態」に関するアンケート調査を実施しました。
<調査概要>
1.調査名
人事業務における生成AIの利用実態調査
2.調査期間
2024年3月14日(木)~2024年4月10日(水)
3.調査機関
自社調べ
4.調査対象
「COMPANY」ユーザーである国内大手法人
5.有効回答数
65法人68名
6.調査方法
インターネットを利用したアンケート調査
※小数点以下の切り上げ、切り下げにより合計100%にならないことがございます。
アンケート調査結果
生成AIの社内公開について(回答法人数で集計:n=65)
Q1:生成AIの公開対象・公開時期について
▼公開範囲(複数回答可)
生成AIを社内で利用できる環境を構築し、「法人全体的に公開されている」と回答した法人は26法人(40.0%)、「一部の部署のみ公開されている」または「一部の役職者のみ公開されている」と回答した法人は合わせて15法人(23.1%)でした。
▼公開時期(単一回答)
公開時期は「2023年10月~12月」が最も多く40.0%。続いて「2024年1月~3月」が28.0%、「2023年7月~9月」が20.0%という結果となりました。
Q2:今後の全社公開予定(単一回答)
Q1「生成AIを社内で利用できる環境を構築し、従業員が使用できるように公開していますか?(n=65,複数選択可)」において「一部の部署のみ公開されている」「一部の役職者のみ公開されている」と回答した法人へ今後の全社公開の予定を伺いました。
その結果、予定があると答えた法人は19.1%、予定がないと答えた法人は9.5%でした。また、わからないと答えた法人は71.4%でした。
Q3:公開されていない理由(複数回答可)
生成AIを社内公開しない理由として最も多く挙げられたのは「セキュリティの問題」で14法人(51.9%)でした。続いて、「回答の正確性と信頼性」10法人(37.0%)という回答が多い結果となりました。
Q1~Q3の考察
Q1の生成AIの公開範囲に関する設問で、「法人全体への公開」「一部の部署のみ公開されている」「一部の役職者のみ公開されている」と社内で生成AIを利用できる環境を構築していた法人は60%を占めていました。一方で、生成AIを「公開していない」と回答した法人は35%という結果でした。
生成AIの利用開始時期に関しては、ChatGPT‐4の更新等で世間の注目度も高まっていた「2023年10月〜12月」が最も多い結果となりました。
しかし、年末調整業務等、下半期は人事部の繫忙期と重なるため、生成AIの利用開始に二の足を踏んだ法人も一定数いたと推察しています。
また、生成AIの社内公開から半年未満の法人が多く、これから活用していきたいという回答が多く寄せられていました。
人事業務での生成AI利用(回答者数で集計)
Q4.人事労務領域におけるご自身の業務での生成AI利用状況(単一回答)
「既に業務利用している」「今後、業務で利用する予定」を合わせると、生成AIの利用は54.4%、一方で「業務で利用する予定はない」という回答は27.9%でした。
Q5.具体的な利用場面(複数回答可)
生成AIの利用場面については、「文章校正」が32人(76.2%)と最も多く、次に「従業員への案内や通知メールの作成」22人(52.4%)、「プログラミングやExcelVBA等のコード読み取り」18人(42.9%)の回答が続きました。
Q6.「業務利用の予定がない」「その他」の回答理由
Q4.「人事労務領域におけるご自身の業務での生成AI利用状況(n=68,単一回答)」で「業務で利用する予定はない」「その他」と回答した方にその理由を伺いました。
その結果、「関心はあるが、特に検討を開始できていない」13人(50.0%)と「回答結果が信用できるか疑問があり、確認作業の必要性を考えると現時点で導入していない」13人(50%)という回答が最も多く、次点で「セキュリティの問題」11人(42.3%)「従業員の個人情報漏洩等の懸念」9人(34.6%)という回答が続きました。
Q4~Q6の考察
人事労務領域業務における生成AIの利用状況を問う設問では、生成AIを「既に業務利用している」「今後、業務で利用する予定」という回答を合わせ、生成AIの利用率は54.4%でした。
従業員への文章作成や校正等、文章の作成を目的として生成AIを人事労務業務に利用している人がいる一方、「業務利用の予定がない」と回答した人は27.9%という結果に。背景を調べたところ、情報漏洩等、セキュリティや回答結果の確認を行うための作業(ハルシネーション※対策)が課題として挙げられました。
文章校正や作成等のタスクを生成AIで実行してみたものの、意図する回答が得られず、確認・修正工数を考慮すると生成AI導入のメリットを感じられていないのではと推察されます。
筆者も普段から生成AIを業務で活用するうえで、どのようにプロンプトを入力すればよいのか迷うことも多いです。
生成AIを業務で活用するには、生成AIへの指示の出し方が重要であり、前提条件や指示が十分でない場合は意図した回答が得られない可能性があります。どのように指示を出すべきか、タスクの切り分けはどのようにすればよいのか判断に迷うケースもあるのではないでしょうか。
※ハルシネーション (hallucination) とは、生成AIが訓練データにない事実や誤った情報を生成してしまうことを指します。人工知能は訓練データからパターンを学習しますが、時に訓練データに含まれていない情報を組み合わせて出力することがあります。この出力は人間から見ると事実と異なるように見えるため、「ハルシネーション」と呼ばれています。
社内ルール(回答者数で集計)
Q7.生成AI利用に関する社内ルール(単一選択)
利用するうえで社内ルールがあると答えた法人は62.2%でした。
Q8.社内ルール詳細(複数選択)
社内ルールで最も多いのが「個人データの匿名化」14人(48.3%)、次点で「社内文章は読み込ませない」8人(27.6%)といったように、セキュリティ面の回答が多い状況です。
Q7~Q8の考察
約6割の法人が生成AI利用に関する社内ルールを設けているという結果となりました。具体的には、社内文章は読み込ませない、社内のナレッジを生成AIが検索できないようにしている等が挙げられました。
しかし、より生成AIを実務に活用するには、生成AIから社内のナレッジを検索できるようにする必要があります。そのため、社内ナレッジの検索(RAG※)技術を考慮して、ルールを適宜変えていく必要が考えられます。
弊社でも社内規則や統合人事システム「COMPANY」のマニュアルを読み込ませ、AIの回答と同時に社内ナレッジに登録されている文章を要約して表示することで、AIの回答だけでなく、根拠となる社内文書を確認したうえで従業員が真偽を判断できるしくみを実現しています。
※RAG(Retrieval Augmented Generation)とは、AIが質問に答える際に、あらかじめ学習したデータだけでなく、関連する文書や資料からも知識を引用するしくみです。法人の場合、この関連資料として社内文書を活用できます。社内には業務知識や専門知識が詰まった文書が多くあるため、それらを参照することで、一般的なAIよりも実務に即した適切な回答を出力できるようになります。
利用成果(回答者数で集計)
Q9.実際に利用してみての成果(単一選択)
「期待以上の成果が出ている」「期待通りの成果が出ている」「成果は出ているが、期待したほどではない」と成果が出ている旨の回答が76.1%でした。
また、回答理由を問う設問では、下記の意見が伺えました。
設問:成果が出ている理由もしくは成果が出ていない理由を教えてください。(自由記述)
【成果が出ている理由】
・会議メモや議事録、プレゼン資料の作成支援で時間短縮ができている
・コードのリファクタリングやプログラミングでの支援が有効
・規則・規程チェックで記入漏れの指摘等、客観的な支援ができる
【成果が出ていない理由や課題】
・まだ活用方法を十分に理解できていない、使い慣れていない
・出力結果の正確性や完全性に課題がある(事実誤認、ポイント漏れ等)
・プロンプトの最適化が十分でない
Q9の考察
生成AIが特定業務の効率化や品質向上に寄与している一方で、利用方法や事例の共有、プロンプト設計、回答の正確性に対する期待値とのギャップがあるといった課題もあります。
この課題解消のためには、最初から完璧な回答を求めるのではなく、利用機会を増やしながら、フィードバックを重ね、徐々に改善していく姿勢や生成AIへのより深い理解が必要になるでしょう。
そのために、社内研修や事例共有を実施して、プロンプトの作り方等のノウハウを習得する機会を作ることが有用です。
AIは万能ではありませんが、制約や機能として弱い部分を踏まえ、有効に活用できる分野を見つけていけば、業務プロセスの最適化や創造性の向上に貢献できるはずです。
組織全体でAIリテラシーを高め、オープンな議論を重ねながら、AIとの上手な付き合い方を模索していく必要があります。AIは単なるツールに留まらず、ビジネスを変革する潜在力を秘めた存在だと捉え、その活用法を組織的に学び合うことが肝心です。
生成AIのサービス利用状況(回答者数で集計)
Q10.生成AIを搭載したHR製品もしくはHRサービスの利用・検討有無(単一選択)
生成AIを搭載したHR製品もしくはサービスを「利用している」と「検討中のため、情報収集している」と回答した法人は合わせて22.8%でした。
※「利用予定である」の回答は0%
調査監修者による考察
本調査結果から見えてきたのは、生成AIの導入はまだ黎明期にあり、その本格活用には課題が残されていることです。
しかし、AIの発展スピードは著しく、中長期的には生産性や付加価値を大きく高める可能性を秘めています。生成AIはあくまで手段に過ぎませんが、上手に活用することで業務効率化やイノベーション創出を実現できます。
本調査結果を踏まえ、自社の実態に合わせた戦略的なAI活用を検討していくことが重要でしょう。
人事業務で生成AIを活用するには
環境を構築し生成AIの利用をはじめたとしても、業務のすべてがいきなり変わるというものではありません。生成AIの機能を使って、どういったことを実施・実現したいのか、ゴールをどこに置くのかが非常に大切になります。
たとえば「従業員からの問い合わせが多々あり、業務時間が奪われている」「社内稟議の書類作成に時間がかかっている」「参照すべき情報が各方面に散らばっていて集約されていない」等、課題は法人によって様々あると考えられます。
中期経営計画等とリンクすることで、長い目で見て経営層のサポートを得ながら生成AIを業務に使っていくのが望ましいでしょう。
生成AIは万能ではない
今回の調査で、約3割の人が自身の人事労務業務で生成AIを利用する予定はないと回答したように、人事領域で生成AIを活用することに二の足を踏む人もいるかもしれません。生成AIの活用に対する意識には個人差がありますが、適切な利用方法を理解することが重要です。
弊社でも2023年10月より生成AIの全社展開を行っていますが、経営層から活用を命じられただけでは、生成AIの特性を十分に理解できないまま、自分のタスクを生成AIに丸投げしてしまう場合があります。その結果、意図する回答が得られず、生成AIを活用できないという状態に陥ってしまう可能性があります。
生成AIを使って劇的な変化を望むのは理想的ですが、人事業務のような泥臭い作業が多い現実においては、そのような期待を持つことは難しいかもしれません。
生成AIは万能ではなく、統計的に文章が生成されているだけであることを理解する必要があります。しかし、一つの作業を数十分でも短縮できるのであれば、十分な価値があると考えられ、特性を理解したうえで効果的に利用することで、業務改善に繋がる可能性があります。
役立つプロンプトを周知する
調査結果から、生成AI利用への関心はあるが、特に検討を開始できていないという声も伺えます。活用を社内で促進するために重要なことは、効果的なプロンプトを事業部内もしくは社内全体に公開することです。
事業部内や他部門には、生成AIを実際に活用している「AI実践者」がいるはずです。この実践者たちは、生成AIの長所と短所を熟知し、うまく活用することで業務を効率化させている人たちです。
AI実践者から具体的な活用事例を聞く機会を設けたり、プロンプトの工夫や精度向上のコツを学ぶ社内研修を定期的に開催することで、生成AIの利活用が全社的に広がるでしょう。
データドリブンな戦略設計
生成AIを活用して従業員や組織に関するデータを一元的に整理し、分析することで、データドリブンな意思決定に繋がります。一例として、本アンケートの自由記述欄を生成AIに分析させてみました。
❏プロンプト
#お願い
あなたは顧客サポートのマネージャーです。
人事業務での生成AI利用に関するアンケートを元に課題を整理し、改善案を考えてください
#目的
改善すべき課題を整理するため
#設問
生成AIを使用する、または使用を検討する上で懸念されていることがあれば教えてください。
#回答
[ここに自由記述欄の回答を添付]
#ルール
・似た課題は1つにまとめシンプルに整理すること
・出力は優先度順に並び替えて出力すること
#出力
表形式:|番号|課題|改善案|対応優先度|
❏結果
このアンケートから、生成AIの活用に対して様々な懸念が存在することがわかります。
特に個人情報保護とセキュリティ、出力された情報の正確性が大きな課題として浮かび上がっています。一方で、業務効率化やアイデア創出等、生成AIの有用性も認識されています。
これらの課題を解決するには、情報セキュリティ対策の強化、出力内容の確認プロセスの確立、適切な利用方法の標準化が不可欠です。また、利用目的や業務プロセスに合わせた段階的な導入が賢明です。
生成AIには多くの可能性がありますが、人事領域では個人情報保護を最優先しつつ、メリットを最大化できる運用が求められます。丁寧な準備と現場主導のPDCAサイクルが重要でしょう。
いかがでしょうか。想像よりもわかりやすい表や文章が出力できたのではないでしょうか。
これまで、活用することが難しかった、もしくは集計に時間がかかっていた分析が数秒で実行できます。結果を鵜呑みにすることはできないですが、検証しながら段階的に日々の業務に取り入れることにより、組織全体が活性化し、価値を生み出し続ける戦略的な組織への転換が可能になります。
AIはビジネスにとって強力な武器となり、法人の競争力を大きく高めることができるでしょう。