少子高齢化社会が進み、労働力不足が問題視されている現在、企業は従業員のエンゲージメントを高め、離職者の防止に努めなければなりません。従業員がそれぞれの能力を生かしながら意欲的に働けるよう、希望のキャリアを最大限に後押しする必要があります。
従業員のキャリア形成を支援する方法が様々ある中で、特に注目されている取り組みがセルフキャリアドックです。本記事では、セルフキャリアドックの定義やメリット、進め方を紹介します。
セルフキャリアドックとは?
セルフキャリアドックとは、どのような取り組みなのでしょうか。本章では、セルフキャリアドックの定義や類似用語との違いを説明します。
セルフキャリアドックの定義
セルフキャリアドックとは、従業員の主体的なキャリア形成を支援する取り組みです。
厚生労働省では以下のように定義しています。
セルフ・キャリアドックとは、企業がその人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の「仕組み」のことです。
出典:厚生労働省 | 「セルフ・キャリアドック」導入の方針と展開
セルフキャリアドックでは、単にキャリアに関する面談や研修を行うだけではなく、従業員一人ひとりに寄り添った支援を行うことが重要です。
セルフキャリアドックとキャリアコンサルティング(カウンセリング)の違い
セルフキャリアドックは、従業員の主体的なキャリア形成を、企業がサポートする取り組みです。
キャリアコンサルティングは、セルフキャリアドックの取り組みの中で施策のひとつとして実施されるもので、専門家によるアドバイスを通して従業員のキャリア自律を促します。
セルフキャリアドックが注目される背景
セルフキャリアドックが注目されている社会背景として、以下の3点が挙げられます。
少子高齢化による労働人口の減少
労働力不足への対策として、企業は従業員の離職を防がなければなりません。キャリア形成は労働意欲に大きく影響するため、従業員のキャリア自律に向けた支援を積極的に行うことで、離職率低下が期待できます。その結果、労働力不足問題を解決できる可能性があります。
定年制の廃止や定年年齢の引き上げ
高齢化社会の進行と、少子化による労働力不足の進行の二つの社会問題から、定年制の廃止や定年年齢の引き上げが必要とされています。高齢になっても働けるようなキャリア形成が求められ、長期的視野で、将来のライフスタイルも踏まえたキャリアを主体的に考える必要があるのです。
政府による後押し
職業能力開発促進法の改正によって、従業員にはキャリア形成、企業にはキャリア形成の支援が義務付けられました。
2016年4月に施行された改正職業能力開発促進法において、労働者は自らキャリアデザインを行い、自発的に職業能力開発に努めることが求められています。
事業主はこうした労働者を支援しなければならず、キャリアコンサルティングの機会の確保や、そのほかの援助を行う義務があります。セルフキャリアドックの実施は、これらの具体的な施策として注目されています。
セルフキャリアドックのメリット
セルフキャリアドックのメリットとして、企業の人材活用と従業員のキャリア充実の両方が挙げられます。本章では、企業と従業員それぞれへのメリットを、詳しく解説します。
企業にとってのメリット
セルフキャリアドックにより、企業には人材の定着と組織の活性化の効果が期待できます。
企業が積極的に従業員の希望するキャリアを支援することで、従業員のエンゲージメントが向上し、離職者が減少する可能性もあります。また、従業員が能力・スキルを向上させながら生き生きと働くようになり、組織全体の活性化にも繋がります。
従業員にとってのメリット
セルフキャリアドックは、従業員のキャリアに対する意識向上・仕事へのモチベーション向上・キャリアの充実といった効果をもたらします。外から与えられたキャリアではなく、自身で希望するキャリアを得ていくことは、生き生きと働くうえでの大きな原動力となるでしょう。
セルフキャリアドックの進め方5ステップ
本章では、セルフキャリアドックの進め方と、ポイントを説明します。
ステップ1 人材育成ビジョン・方針の明確化
はじめに、人材育成ビジョン・方針を明確にします。
1. 経営者のコミットメント
キャリアコンサルティングの機会確保を具体的に明確にし、従業員に明示・宣言します。
2. 人材育成ビジョン・方針の策定
企業の経営理念を実現するために、自社が従業員に期待する理想の人材像を明確にし、人材育成ビジョン・方針を策定します。
3. 社内への周知
策定した人材育成ビジョン・方針を適切な方法で従業員に周知します。
ステップ2 セルフキャリアドック実施計画の策定
セルフキャリアドックの進め方について、具体的な実施計画を策定します。計画に盛り込む一般的な実施内容は、キャリア研修とキャリアコンサルティング面談のふたつです。
必要なツールには、面談(記録準備)シートや全体報告書、アンケート等があります。何をどのようなツールで実施するかを決め、実行プロセスを整備し、抜けや漏れがないようにします。
ステップ3 社内体制の整備
次に、企業内インフラを以下のように整備します。
1. 責任者の決定
責任者は、セルフキャリアドックにかかわるキャリアコンサルティングを統括します。人材育成に関して影響力を持つことも重要であるため、人事部門に限らず幅広く適任者を選定するとよいでしょう。
2. 社内規定の整備
セルフキャリアドック実施に向け、企業独自のルールや指針を整備します。ビジョン、方針、実施内容等を規定し、就業規則や社内通達で周知します。
3. キャリアコンサルタントの育成・確保
セルフキャリアドックの中核となる取り組みは、従業員に対するキャリア研修、個別のキャリアコンサルティング面談、結果に対するフォローアップです。これらの業務を行うキャリアコンサルタントが確実に任務を遂行できるように、キャリアコンサルタントの育成・確保が必要です。
4. 情報共有化のルールづくり
キャリアコンサルティング面談によって、多くの情報を収集できます。これらの情報をただ蓄積するだけでは活用に繋がらないため、人事部門や産業医等と共有するためのルール整備が必要です。
教育訓練・人事管理諸制度にどのように反映させるかも想定し、事前に対応を検討します。
5. 社内での意識醸成
セルフキャリアドックを形式的なもので終わらせず定着させるためには、従業員に理解を促す必要があります。それによって、円滑な導入に向けた社内の意識が醸成されるでしょう。
ステップ4 セルフキャリアドックの実施
セルフキャリアドックを以下の4段階で実施します。
1. 対象従業員向けセミナー・説明会の実施
セルフキャリアドックの意義・目的を丁寧に説明し、研修や具体的な面談の内容(提出物等を含む)を周知します。その際、従業員が不安に感じがちな個人情報の取り扱いや、キャリアコンサルタントの守秘義務についても伝えましょう。
キャリア形成は個人的な選択や意思に基づくため、不信感を抱かせることのないよう十分な説明を行います。
2. キャリア研修
個別のキャリアコンサルティング面談だけでは時間と人的リソースが不足するかもしれません。そのような場合は、集合形式の研修でキャリアの棚卸しをしたり、キャリアビジョン・目標・アクションプランを作成したりします。
3. キャリアコンサルティング面談
キャリアコンサルティング面談の具体的な内容は以下です。
- ・キャリアコンサルティング面談の目的の共有
- ・自己理解
- ・仕事理解
- ・意見や要望事項の聴取
- ・キャリアビジョンの策定
- ・キャリア形成上の課題とその対策の明確化 等
また、面談後のフォローアップも重要なプロセスです。
4. 振り返り
個別のキャリアコンサルティング面談についてヒアリングを実施し、セルフキャリアドック全体の効果を把握します。
ステップ5 フォローアップ
必要なフォローアップとして、以下が挙げられます。
1. セルフキャリアドックの結果報告
キャリアコンサルタントはフィードバックや情報共有のために報告書を作成します。また人事部門は、キャリアコンサルタントからの報告内容を反映し、総合的な報告書も作成しましょう。
2. 対象従業員へのフォローアップ
必要に応じ、追加でキャリアコンサルティング面談や上司へのコンサルテーションを行います。この際、部分的な対応とならないよう、関係部署との連携が求められます。
3. 組織的な改善措置の実施
組織としての検討課題が生じた場合には、実務的にしっかりと対応しなければなりません。
4. セルフキャリアドックの継続的改善
より良いしくみにしていくため、効果測定と課題把握を行い、必要な改善を実施しましょう。
組織と従業員の将来に向け、セルフキャリアドックを導入しよう
企業には従業員のキャリア形成を支援する義務があります。セルフキャリアドックは、従業員のキャリア自律を支援する方法のひとつです。
労働力不足や労働者の高年齢化といった社会問題がある中、従業員にいきいき働いてもらうための施策として、セルフキャリアドックが注目されています。政府からの後押しも、多くの企業の関心を集める要因です。
セルフキャリアドックには、企業の人材活用や従業員のキャリア充実といったメリットがあります。本記事で紹介した内容を、自社の人的資本課題の解決にお役立ていただけましたら幸いです。