酒類・清涼飲料に加え医薬品の製造・販売を中心に事業を展開し、直近では独自技術や独自素材を強みに、ヘルスサイエンス領域の事業拡大にもチャレンジされているキリングループ様。「人間性の尊重」を人事の基本理念に掲げ、従業員と会社が「イコール・パートナー」であるとして人的資本経営を推進されています。
本対談では、キリンホールディングス 人財戦略部人財開発担当 辻翔馬様に、WHI総研の奈良がインタビュー。辻様のキャリアとキリングループ様の人的資本経営に迫りました。
後半となる本記事では、キリングループ様の人的資本経営における具体的な取り組みや、辻様のキャリアと人的資本経営の交わりについてまとめています。
今回の対談者
辻 翔馬 様(写真左)
キリンホールディングス 人財戦略部人財開発担当
「ユニークな事業ポートフォリオ」を実現するために
Q5.「ユニークな事業ポートフォリオ」を実現するための主要な取り組みは何ですか
辻様:
専門性と多様性を兼ね備えた人財育成を推進するための主要施策として、「機能軸のタレントマネジメント」を導入予定です。
機能軸のマネジメントとは、経営戦略の遂行および外部労働市場への適合等の観点から、一定の専門能力として強化すべきと判断した「営業」「マーケティング」「R&D」「SCM」「デジタルICT」等の全12機能それぞれで人財マネジメントを展開するというものです。
ユニークな事業ポートフォリオのもと、キリンが今後さらに外部環境やお客様ニーズの変化に対応していくためには、高い組織能力で経営戦略の実行度を高め続けていく必要があります。その基盤が人財であり、基盤構築のキーアクションが機能軸のタレントマネジメントです。
わかりやすい例でお話すると、キリングループは、先ほどお話ししたヘルスサイエンス事業だけでなく、酒類・飲料事業においても新規事業を手がけています。お客様のニーズを起点に、これまでキリングループにはなかった商品やサービスの開発・提供を通じて、より多くの社会課題を解決していくことを目指しております。
ただし、これらを実現していくためには、今まで我々が期待に十分応えられていなかったお客様の課題やニーズを把握し、多様な視点・価値観の中で、課題解決や価値創造に向けたシナリオを描く力、さらには変化の激しい環境の中でスピーディに精度の高い意思決定をし、お客様が求める結果まで各施策をやり抜く力等、様々な組織能力が求められます。
このような組織能力の獲得を目指し、「専門性」と「多様性」を兼ね備えた「決断力」・「適応力」・「構想力」・「実行力」のある人財を育成していくことを、人財戦略上の最重点取り組みに位置付けております。
出典:キリングループの人財戦略.https://pdf.irpocket.com/C2503/vlQV/lBzK/Qb3o.pdf
Q6.「機能軸のタレントマネジメント」は、これまでの人財マネジメントと何が異なるのでしょうか
辻様:
おもに採用・育成・配置について、従来は事業軸で実施していましたが、これからは機能軸でのマネジメントに変わります。
たとえば新卒採用では、24年卒から機能別の採用コースを導入しました。これまで行っていたポテンシャル重視の総合職一括採用と異なり、入社の時からどの領域でキャリアを積みたいのかという本人の意志が尊重されます。
入社後も、事業単位ではなく機能単位での育成を行っています。機能ごとにあるべき組織能力や人財像を描き、育成計画や研修プログラムを設計しています。
配置はこれまで、事業軸でのジョブローテーションを中心に進めてきました。今後は、機能単位で必要な経験やスキルを考慮した異動配置が行われます。
機能主体の人財マネジメントを展開することで、事業側の意向が反映されず、必要な人財を確保できないのではという心配の声があるのも事実です。しかし、事業の推進に必要な専門性をまずは一人ひとりが磨き、グループ全体としての組織能力を高めていくことで、さらに事業を強くすることができると考えております。
今回の変革は機能を強くすることではなく、事業を強くすることが最終目的です。また、事業軸におけるジョブローテーションと比較すると、キャリアが閉ざされた印象を持たれがちですが、機能を横断した越境経験やグローバル経験等、所属する機能以外での成長機会も積極的に提供していく予定です。
奈良:
これまでは事業単位で、それぞれ最適なタレントマネジメントをしていたと。これからはユニークな事業ポートフォリオを実現するために、事業を横断して機能軸のタレントマネジメントを推進するということですね。これは大きな変化ですね。
辻様:
そうですね。実現するにあたっては解決しなければならない課題も数多く存在しますが、食・医・ヘルスサイエンスと幅広い事業をグローバルで展開するキリングループだからこそ挑戦できる人財戦略だと考えており、他の施策とも連動させながら、実行度を高めていきたいと思います。
Q7.「機能軸のタレントマネジメント」に期待する、組織の変化は何ですか?
辻様:
従業員本人の「この領域を専門にキャリアを築きたい」という意志が、これまでより優先されやすくなることです。
たとえば私の場合、営業を希望して入社したものの、実際に配属されたのは人事です。このような、本人の希望と異なる配属になるケースは減ると考えられます。
その専門領域でキャリアを積みたいという意志を軸に、従業員が主体的にキャリア形成できるようになるのは大きなポイントです。
奈良:
個人の希望と組織の要望が対立した場合は、どのように調整するのでしょうか。
辻様:
これまでも、個人の成長と組織の成長の両方を意識し、両者の意向のすり合わせを可能な限り行ってきました。組織の要望が個人の成長にまったく繋がらないものであれば、その異動や配置は実施しません。
ただ、本人が希望していなくても、人事から見て適性やポテンシャルの伸びを見込める場合は、組織の意向に沿った配置をすることがあります。
双方の希望が一致するのが一番よいとは思いますが、本人が自分の潜在的な能力や伸びしろに気付かないこともあると思います。それを見極めるのが、われわれ人事の仕事です。本人だけでなく、各組織のリーダーたちとも十分に対話することを意識しています。
「機能軸のタレントマネジメント」のポイントは、従業員が所属する機能内において異動配置が検討される点です。もちろん先ほど申し上げたとおり、会社としての期待や本人成長の視点から機能外への異動配置も積極的に検討していきますが、まずベースは所属する機能内において専門性と多様性を磨いていくことです。
そのベースとなる機能の決定には本人の意志が尊重されますので、その結果、個人と組織の意向のミスマッチは減ると考えています。
奈良:
従業員の意志がより尊重されるようになれば、従業員側のやりがいも高まりますし、さらにはキャリア自律も進むことで、各機能の組織能力も大きく高まりそうですね。
人事と人的資本経営の関わり
Q8. 今後、人事として・一従業員として、どのように人的資本経営に関わっていきたいですか
辻様:
まずは、現在キリングループが掲げている経営戦略を実現するために邁進したいと思っています。具体的には、酒類・飲料事業のさらなる進化とヘルスサイエンス事業の成果創出です。
私は、人事だけにとどまらず、経営や事業の強化をキャリアの目標にしていますが、一番重要なのはやはり人財力だと考えています。
そのために、今はとにかく経営・事業を強くするための人財戦略を推進していきたいと考えています。「機能軸のタレントマネジメント」をしっかり運用して、これから数年かけて、様々な意見を聞きながらアップデートしていかないといけないですね。
奈良:
人事施策は、理論的にうまくいくはずでも、従業員の受け取り方によってうまくいったりいかなかったりしますからね。伝え方が難しいところですよね。
辻様:
そうですね。特に人事施策は従業員側の理解・共感がなければ、何も成果を生み出しません。従業員の皆さんが今回の変革に関する目的や意義を正しく理解し、共感してもらえるよう、接点の持ち方や伝え方を工夫する必要があると考えています。
どのようなところに不安や懸念を感じるのか、しっかりと時間を取って対話していくことも人事の重要な役割だと感じています。
また投資家の皆さんにも、各人事施策が本当に人的資本の価値向上に繋がっていることを上位概念含めて丁寧にお伝えしていく必要があると考えています。
Q9.さいごに
奈良:
キリングループ様は、私がこれまで見た中でも、かなり推進力高く人的資本経営施策を進めておられますね。これからキリングループ内で起きる変化についても、ぜひ改めてインタビューさせてください。
辻様:
もちろん不安はありますが、社会やビジネスの変化速度、さらには働く人の就業観の多様化等を考えたときに絶対必要なことだと思っているので、一致団結して何とか成功させたいと考えています。これは私だけでなく、人事部員みんなが思っています。
奈良:
本日は辻様のキャリアからキリングループ様の人的資本経営にいたるまで、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
辻様:
ありがとうございました。