エンゲージメントとは、従業員の仕事/組織への心理状態を意味する概念のひとつです。
エンゲージメントが高い状態にあることによって生産性の向上や離職の防止が期待できるとされ、どのような施策を通じて取り組むべきか悩む方も多いのではないでしょうか。
本記事では、経営戦略実現の一要素として議論されるエンゲージメントについて、着目される理由、その具体的な取り組み事例と注意点をお伝えします。
目次
ーエンゲージメントとは
ーエンゲージメント向上に必要な取り組み
ーエンゲージメント向上によるビジネス上のメリット
ーエンゲージメントサーベイにおける企業の成功事例
ーエンゲージメント向上施策における注意点
ー社内の協力体制を整えて有意義な取り組みを
エンゲージメントとは
エンゲージメントという言葉は様々な場面で「つながり」や「関係性」を意味しますが、ビジネスシーンでは顧客と企業の関係性、とりわけ人事領域においては従業員が組織に対して抱く心理状態を指します。
そしてその意味は一意には定まらず、「従業員エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」に分かれるとともに、近い概念である「従業員満足」とも区別されます。
①従業員エンゲージメント → 従業員の仕事/組織への自発的貢献意欲
②ワーク・エンゲージメント → 従業員の仕事に対する活力、熱意、没頭
③従業員満足 → 従業員の仕事/組織への満足
たとえば、経済産業省や人材版伊藤レポート(※1)で使われるエンゲージメントの意味は「従業員エンゲージメント」を指しています。定義はウイリス・タワーズワトソン社の「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識」(※2)を用いたものです。
一方、厚生労働省がエンゲージメントという言葉を用いる時は、従業員にとっての働きがいを示す重要な要素という意味で「ワーク・エンゲージメント」を指します。
資料や文脈によって、柔軟に解釈していく必要があるでしょう。
本記事ではエンゲージメントを「従業員の仕事や組織へ自発的に貢献しようとする意欲」(従業員エンゲージメント)と定義したうえで解説していきます。
※1 経済産業省 人材版伊藤レポート:https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
※2 日本企業がエンゲージメント経営を実践する5つの要諦 Diamond Harvard Business review 2019年11月号
エンゲージメント向上によるビジネス上のメリット
前述の通りエンゲージメントの向上によって、生産性向上や離職防止といったビジネス上のメリットが期待できます。
さらに、2020年以降は在宅勤務/テレワークの普及により、企業側が「従業員の仕事/組織への心理状態」を可視化する必要性が高まったことで、一層注目されています。従業員の顔が見えないことへの対策の一環として、従業員にエンゲージメントサーベイを取り始める企業が一段と増えた印象を受けます。
今後情報開示の拡大が想定される中で、「従業員エンゲージメント」を向上・開示していくことも企業の優位性の発揮という意味でのメリットとなるでしょう。
エンゲージメント向上に必要な取り組み
エンゲージメントを向上させることは、従業員が仕事や組織に対してより意欲的に取り組める状態にすることを意味します。向上へ繫がる施策を実施するためには、以下の段階的な取り組みが必要です。
各ステップごとにポイントを見ていきましょう。
①自社にとってのエンゲージメントの定義
従業員が「どのような状態をもって意欲的といえるのか」は統一の定義が存在しないため、各企業ごとに定義を設けることが必要です。
実際には、単一の状態で指し示されるものではなく、複数の状態を総合して、エンゲージメントが高い、低いと判断することが一般的です。従業員の心理状態の例には下記が挙げられます。
・会社が掲げるミッションに対して心から貢献したいと感じている
・朝起きると前向きに仕事に行こうと感じる
・自社で働くことを友人や家族にすすめたいと感じる
また、エンゲージメントの上下にかかわる要素も同様に、以下のような自社に応じた定義を必要とします。
・仕事上で自分に期待されることを明確に理解している
・チームメンバーは私をサポートしてくれる
・仕事では常に成長が求められている
学術界やコンサルティングファームが様々なエンゲージメントの指標を提供しています。その指標を参考にしつつ、自社ならではのエンゲージメントの定義と支えるための要素を用意するとよいでしょう。
この定義づけが疎かになると、後続のステップが的外れになる恐れがあります。人事部だけではなく、経営層や管理職等の主要な関係者と協議し、可能な限り腹落ちできる定義とするのが望ましいです。
②現状の把握
次に自社の現状を把握します。主要な手段としてエンゲージメントサーベイや従業員へのヒアリングが挙げられます。
自社の状態を網羅的に調べ、対処する課題の優先順位をつけるためにもエンゲージメントサーベイは有効です。
一方でエンゲージメントサーベイだけでは、質問項目の妥当性の判断や結果の分析から何を見出すかの意味づけが難しいため、現場の従業員のヒアリングも必要になります。
HRBPがいる場合は各HRBPと相談したうえでエンゲージメントサーベイの項目を作成したり、従業員にヒアリングするのもよいでしょう。
③対処する課題の特定~④向上施策の協議~⑤向上施策の実行
サーベイ結果の分析によって課題を特定し、解決策を検討し、管理職や全社へ結果のフィードバックと今後の対応の協議を行います。そして管理職ごと、人事・全社で実施すべきことを決定したら、エンゲージメント向上施策の実行段階へ入ります。
定期的に②現状の把握を行うことで、施策の振り返りが可能です。このサイクルを回すことで継続的なエンゲージメント向上が期待できるでしょう。
エンゲージメントサーベイにおける企業の成功事例
自社の現状把握の手段となるエンゲージメントサーベイは、どのように活用されているのでしょうか。今回、2つの企業の成功事例を紹介します。
1.大手運輸業A社
運輸業を営む企業では、中期経営計画を刷新した年に初めてエンゲージメントサーベイを実施しました。これを通じて、1on1の導入とマネージャーへの360度評価を導入する方針を決めています。
背景
エンゲージメントサーベイを実施した背景には、中期経営計画に関する従業員へのヒアリングから導き出された以下2つの仮説がありました。
<仮説A>
刷新された中期経営計画がどう実現されるのか多くの従業員がイメージできていない
<仮説B>
自身の役割が、経営計画にどう紐づいているのか多くの従業員がイメージできていない
取り組み
そこで、同社にとってのエンゲージメントを「経営計画と自身の役割に腹落ちし、仕事を通じて気力が充実しており、自社での自身の成長と経営計画への寄与を実感している状態」と定義し、40問ほどのエンゲージメントサーベイを実施しました。
結果
主要な分析結果として下記が抽出されました。
・中期経営計画そのものや自身の貢献イメージは、仮説A・B通りネガディブな分析結果。さらに、今後注力されるはずの部門の結果が他部署と比較して悪いことが判明。
・7割の上司が「部下の相談に乗っている」と回答したことに対し、7割の従業員が「上司に相談にのってもらっていない」と回答
活用方法
経営会議での報告の結果、分析結果への対策を講じるとともに、定期的なエンゲージメントサーベイの実施が決定しました。
人事部は、上司と部下の会話回数を増やすこと、上司が部下をよりよく理解することを目的に、1on1を導入しました。また、それらの効果を上司に直接届けるための360度評価の導入も検討しています。
2.グローバル製造業B社
10年以上前から毎年グローバルにエンゲージメントサーベイを実施する同社では、エンゲージメント向上のサイクルが企業に定着しています。
一方、従業員から「実際にアンケートで回答した内容が改善されているか分からない」という声も多いことが課題でした。そこで、同社が運用の見直しを図った事例を紹介します。
背景
主な要因は、エンゲージメントサーベイ実施から現場管理職へフィードバックをするリードタイムが長かったことが考えられます。
グローバル企業であり、地域・部門単位で少しずつ質問を変えていたことや、分析もそのリージョンの特性に合わせて実施していたためです。
取り組み
フィードバックまでのリードタイム短縮が改善のカギだと判断し、以下の対策を実施しました。
・多少のリージョン特性の差に目をつむり、グローバルで統一したエンゲージメントサーベイにする
・複雑な分析をせず、エンゲージメントサーベイ後すぐに結果開示できるような分析に留めた
結果
これらを実施することで、大幅にエンゲージメントサーベイの結果を現場へフィードバックするリードタイムを短縮できました。
活用方法
管理職からは結果を早期に把握できることへ感謝の声があったのと同時に、人事と情報格差が縮まったことで、人事(またはHRBP)に求められる支援のハードルは上がったとのことです。
人事側で管理職へのフィードバック後の支援がどれほどできるかが、今後の従業員のエンゲージメントの上下に影響をおよぼすと考えられます。
エンゲージメント向上施策における注意点
ここまでエンゲージメント向上施策に対して取るべき流れや企業事例を見てきました。
しかし、人事部が主体的に実施したものの、現場の従業員や管理職が「本当に意味があるのかわからない」と非協力的になったり、施策を実施した人事部も施策に懐疑的になったりと、空回りしてしまう例がよく見受けられます。
この場合、下記の特徴があることが多いです。
・人事部が現場部署とよく相談せずにエンゲージメントサーベイを始める
・従業員の声がまったくわからない、かつエンゲージメントサーベイも行わずにエンゲージメント向上施策を実施する
・エンゲージメントサーベイ結果のフィードバックが結果の伝達のみで終わる
これらの失敗を防ぐには、エンゲージメントを向上させるには管理職による中心的かつ効果的な関与が必要で、人事部は管理職にできない領域を支援する役割である認識を持つことが重要です。
それぞれの理由を簡単に整理します。
①エンゲージメント向上には管理職の効果的な関与が欠かせない理由
エンゲージメントの状態には、その従業員の背景、たとえば性格やキャリア志向、現在関わっている業務内容等が大きく影響しています。また多くの場合、従業員はチームに属して仕事をするため、チーム環境もエンゲージメントの上下に深くかかわる要素です。
管理職は、仕事のアサインメントや教育によって部下の業務内容やキャリアの調整が図れるとともに、チームの環境を改善していくこともできます。そのため、エンゲージメントを向上させるうえでは管理職の意識が重要といえます。
人事部としてエンゲージメント向上施策に取り組む際はまず、管理職に重要性を理解してもらう必要があります。
管理職の中には、そもそもエンゲージメントは高くて当たり前と思い込んでいたり、従業員の心理状態は仕事のパフォーマンスや成長に関係ないという思考をもつ方もいます。
そのため、自社はエンゲージメントについてどう考えるか、エンゲージメントにかかわる要素は管理職が改善できることを経営メッセージで示し、管理職の積極的関与を促すことが必要です。
②人事は管理職にできない領域を支援すべき理由
前述の通りエンゲージメント向上の主役は管理職ですが、管理職だけでできるわけではありません。
理由の一部は下記の通りです。
・管理職は必ずしも部下の従業員の状態を把握しきれない
・管理職だけでは実施できない要素がある(人事制度の変更、福利厚生等)
・管理職にとってエンゲージメント向上への取り組みは通常業務の後回しになりやすい
そのため、下記の具体例のように人事部のサポートが必要です。
サポート概要 | 具体例 |
---|---|
客観情報の提示 | エンゲージメントサーベイを実施し、他チームや会社平均との比較、過去推移との比較結果等を提示する |
対策の協議 | 管理職のMBOフィードバック面談の回数を増やすよう進言したり、人事制度説明を改めて実施する |
経営層の理解促進と 支援を得る |
経営層から直接、全社や管理職層向けにエンゲージメント向上を重要視することを伝えてもらう |
管理職の活動の 客観情報を取得する |
管理職向けの360度評価を実施し、1on1やフィードバック面談等、各活動に対する客観データを収集する |
経営層・管理職・人事が三位一体となった対応こそが、従業員のエンゲージメント向上を促進するでしょう。
社内の協力体制を整えて有意義な取り組みを
ここまで、人事領域におけるエンゲージメントの基本から向上のために必要なステップ、具体事例まで紹介しました。
最近では、技術の進歩により無償で使えるツールを利用して、自社のエンゲージメントの測定も可能になりました。つまり、多くの企業で現状の把握と効果測定ができ、独断に偏らないエンゲージメント向上施策を計画しやすくなったといえます。
しかし、客観的なデータがあるからといって一足飛びにエンゲージメント向上に繋がるものではなく、経営層や管理職からの理解と積極的な関与が欠かせない要素となります。
生産性向上や離職防止といったビジネス上のメリットが期待できる、エンゲージメント向上施策ーー。注意点こそありますが、有意義な施策であることは明白だと考えます。本記事で取り上げた重要なポイントに注意を向けながら、向上へ取り組んでいただければ幸いです。