著者紹介|袋瀬 淳 ~AI分野における執筆・活動実績~
2020年にWorks Human Intelligenceへ入社。保守コンサルタントなどを経て、WHI総研の一員として人事課題の事例研究や情報発信に注力。生成AI全般の技術を人事業務に応用する具体的事例や効率化効果、導入時の留意点に関する専門コラムを多数執筆。生成AIのスペシャリストとして、最新技術に基づく実践的な知見を提供している。
▼執筆活動
・生成AI導入を阻む壁の乗り越え方|日本企業の人事部における成功のヒント
・生成AIに関する調査レポート|人事業務への生成AI活用状況
・生成AIをどう活かす?人事業務にもたらす効果と活用例
▼セミナー活動(一部抜粋)
・生成AI活用で人事業務に変革を。活用テクニックを紹介|イベントレポート
・基本がわかる!人事業務の生成AI活用ガイド
・オンラインコミュニティ「人事業務における生成AI活用に関する情報交換」
前編では、生成AIの最新トレンドを踏まえ、生成AI導入に潜むリスクと、回避策の具体的ポイントについて詳しく解説しました。
本記事の後編は、生成AIの本格的な導入・活用のために、企業の人事部門が今すぐ取り組むべき4つの対応策をご紹介します。データ管理とセキュリティ、活用領域の明確化、AIと人の役割分担、AIリテラシー育成の各ポイントについて、実践的な観点で詳しく解説しました。加えて、弊社での具体的な施策も提示しておりますので、現場での本格的な生成AI活用に向けたヒントになれば幸いです。
1分サマリ
人事部が取り組むべき、生成AI導入時の成功ポイントは以下の通りです。
①データ管理とセキュリティの徹底
機微な従業員データは、ローカルモデルによる自社環境利用とクラウド利用を使い分け、アクセス管理と暗号化を強化します。
②AI活用領域の明確化
採用通知書やFAQ応答などルール化しやすい業務と、人間の判断が必要な業務を切り分け、効果的な活用方針を策定します。
③AIと人の役割分担
AI出力の最終確認は必ず人が行う体制と、「確認ステップ」を組み込んだ業務フローの整備で安全性を担保します。
④AIリテラシーと業務プロセス再設計
人事担当者のAI理解を深める研修の実施、AIと協働するワークフローの再設計によって、持続可能な運用基盤を構築します。
4. 企業の人事が取り組むべき対応・課題4つ
生成AIを人事業務へ本格的に導入するには、技術だけではなく「使いこなすための土台」を整えることが不可欠です。
本章では、生成AIを最大限に活用するために人事部が取り組むべき対応を4つの視点で整理します。それぞれ実際の業務シーンをあげて、そのリスクと対策も説明します。
1. データとセキュリティのガバナンスを整える
生成AIの活用において、最初に整備すべき土台は「人事データの取り扱いルール」と「セキュリティ体制」です。人事部門が扱う情報は、給与、評価、異動、健康情報など、極めてセンシティブなものが多く含まれており、万が一漏洩すれば大きな信頼喪失に繋がります。
特に生成AIは、入力された情報が外部の学習データに使われるリスクや、クラウド上で処理されることによる情報流出の懸念もあるため、従来以上に慎重な管理が求められます。
たとえば以下のようなケースで注意が必要です。
<生成AIによっておこる情報流出の事例>
ケース1:採用担当者が評価メモを生成AIに入力して要約を依頼
→ その内容が外部に送信される
生成AIに入力されたデータは、生成AIの学習のためにクラウド上で保管されます。そのため、社内の機密情報や個人情報などを入力すると、情報流出に繋がります。
ケース2:給与改定の草案を生成AIに生成させる
→ ローカル保存とクラウド送信の使い分けが不明確で、誤送信が起こる可能性
従来、生成AIは膨大なデータを用いて計算する必要があるため、クラウドサーバを経由して動作していました。しかし、近年は入力した情報をクラウド上に保存されない、学習に利用されないように、ローカル環境で完結する生成AIが注目されています。使い分けてローカル環境にアップしているつもりが、誤ってクラウド上にアップしてしまい、情報流出に繋がることがあります。
ケース3:チャットボットに従業員情報を連携
→ アクセス制限が甘いまま運用され、別部署の担当者が誤って閲覧してしまう
従業員情報など機密情報をチャットボットに連携することで、採用担当者は手軽に情報を確認できるようになり、業務の効率化を図れます。しかし、アクセス制限が十分にされていないことにより、本来閲覧権限のない部署の担当者が、情報を閲覧できる状態になってしまいます。
<情報流出を防ぐための対策>
上記のような事態を防ぐために、人事部門が主導しつつ、必要に応じてIT・法務部門と連携すべきポイントは以下の4点です。
① 人事データのアクセス権限を棚卸する
誰がどの情報にアクセスできるのかを一覧化し、「業務上不要な権限」を削減します。異動や退職によって、想定外の人が機密情報を閲覧できる状態のまま放置されているケースも少なくありません。
② 暗号化や処理環境の使い分けルールを明文化する
AIサービスを活用する際には、評価や健康、処遇といったセンシティブな個人情報の取り扱いについて、特に慎重な配慮が求められます。
たとえば、クラウド環境のAIサービスを利用する場合であっても、「十分なセキュリティ基準を満たしたサービスの選定」「データの暗号化やアクセス制限の徹底」など、リスク低減のための明確なルールを定めましょう。
ルールは業務マニュアルなどに明記し、必要に応じて就業規則との整合性も確認しましょう。
③ データ取り扱いマニュアルを作成・共有する
データの「保存」「参照」「削除」「生成AIへの入力」など、よくあるシーンごとに具体的な手順と注意点をまとめたマニュアルの整備をしましょう。誰でも迷わず判断できるようにすることが重要です。
④ 四半期ごとの運用点検をルーティン化する
導入したルールが守られているか、運用状況を3か月に一度点検し、実態に合わせて改善していきましょう。たとえば、「共有フォルダのアクセス権を定期的に見直す」「暗号化が徹底されているか確認する」といったチェックリスト形式が有効です。
2. 生成AI活用業務の設計と役割分担の明確化
生成AIを業務に導入する際は、まず「どの業務で生成AIを使うか」、そして「どの工程を人が担うか」を明確に設計する必要があります。これにより、生成AIの強みを活かしつつ、リスクを最小限に抑えられます。
たとえば、採用通知書の作成やFAQ対応などの定型業務はAIとの相性がよく、比較的導入しやすい領域です。一方、処遇決定やキャリア面談などの判断が求められる業務は、人の介在が前提となる領域です。
このような切り分けを行ったうえで、業務フロー上に「生成AIが担う工程」と「人が確認・承認する工程」を明示し、関係者全体で共通認識を持ちましょう。特に、生成AIが出力した情報に対して人が最終確認を行う「Human-in-the-Loop(HITL)」(※)の考え方は、誤情報の流出を防ぐうえで不可欠です。
※Human-in-the-Loop(HITL)とは・・・生成AI任せにしすぎず、人が責任を持って介在するしくみのこと。(例)生成AIが自動生成した文章に対して、最終的には人が確認・修正する“二重チェック体制”を組む
たとえばFAQ作成や通知文の草案づくりなど、影響範囲が限定的な業務から小さく試験導入を行い、成果と課題を整理したうえで他業務へ展開すると、無理なく活用推進できるでしょう。
3. AIリテラシーの浸透と人材育成の強化
AIを効果的に活用するためには、しくみの理解とともに「活用できる人材」の育成が欠かせません。技術を導入しただけでは成果には繋がらず、実際に使いこなすスキルと意識の醸成が必要です。
まずは育成施策として、生成AIの基礎知識やセキュリティ、ハルシネーションに関する注意点を含んだ研修プログラムが重要です。また、ツールを教える側の人材を育成する必要があります。座学に加え、ツールを操作しながら学べるハンズオン形式が有効です。
あわせて、既存の人事業務フローを可視化し、生成AIを起点とした新たな業務プロセスを設計・共有します。(例:AIが草案を作成→人がレビュー→承認)
運用マニュアルに落とし込み、たとえば「AI活用率」や「作業時間の短縮効果」などのKPIを設け、継続的にモニタリングと改善サイクルを回すことで、AI活用が社内に定着していきます。
4. 部門をまたいだ連携と全社的な運用体制の構築
生成AIを人事領域で本格活用しようとすると、最初にぶつかる壁が「情報のサイロ化」です。従業員データ、配置履歴、評価結果、研修履歴など、人事が持つデータは本来どの部門の業務改善にも役立つ情報です。しかし、実際には部門ごとに管理フォーマットや更新タイミングがまちまちであることが多く、生成AIに渡す「材料」が揃いません。
たとえば、以下のようなケースが起こりえます。
・人事システム上では「AさんはDX推進経験あり」と登録されているのに、営業部はその情報を知らず、新規プロジェクトのメンバー選定から外してしまう
・従業員アンケートの自由回答はCSVで保管されているものの、分析に必要な形に整えられておらず、人材開発チームが生成AIでテキストマイニングを試みても精度が低い
・働き方改革の施策効果を生成AIに評価させようとしても、それぞれの部署が管理する残業時間の最新データをリアルタイムに取得できず、古い数値で判断してしまう
こうした断絶が続く限り、生成AIは「局所最適」な結論しか導けません。人事は部門を横断したデータ連携の起点となり、生成AIが全社的に情報を学習できる環境の構築が求められます。
生成AIは「情報を与えれば勝手に賢くなる魔法の箱」ではありません。データが不十分・不統一であれば、出力結果の精度も当然低下します。
AI活用に適したデータを保有している企業は少ないです。多くの企業は、データが分散し、整備・管理がされていないことに課題を抱えています。そのため、人事部門がAI活用を推進する場合でも、自部門だけで完結せず、他部門と連携して「全社的に使えるデータ基盤」をつくることが必要不可欠です。
サイロ化を解消するには、単なるシステム連携だけでなく、各部門が「情報を共有してもいい」「むしろ共有する方が得だ」と感じられる文化づくりも重要でしょう。
具体的には、以下の取り組みが必要です。
・各部門が保持する人材情報や業務データを可視化し、AIが扱いやすい形式に整備する
・「このデータは誰にどう見せるか」について定めたガバナンスルールを整える
・データの活用状況をモニタリング・評価し、改善に繋がるしくみを設ける
こうした運用体制を人事部門が起点となって整えることで、AIが有効に働く「全社最適の環境」が実現していきます。
人事は採用・配置・評価・育成といった領域を俯瞰できる立場であり、調整役としての適性を持つ部門のひとつです。サイロ化を解消できれば、以下のように、生成AIの価値を「点」ではなく「面」で引き出せるようになります。
・適所適材の配置提案を生成AIがリアルタイムで提示
・エンゲージメント低下の兆候を部門横断で先取りし、打ち手を早期実行
・経営層には人件費・生産性・離職リスクを統合してダッシュボードで提供
生成AI活用とは、単に新しいツールを入れるだけではなく、社内に眠る情報の流れを再設計する取り組みです。人事が旗を振り、部門間の連携を根付かせることこそが、AI時代の組織競争力を左右します。
5. WHI人事の取り組み事例
WHIでは、先に示した「企業の人事部が取り組むべき対応」を踏まえ、実際の現場で以下の施策を実施しています。
セキュリティとデータ管理の徹底
セキュリティが十分に担保されたローカル環境でのみ、生成AIの活用を推進しています。個人情報を含む機密事項の入力は厳格に禁止し、万が一の情報漏えいリスクを最小限にするための体制を確立しています。
問い合わせ業務における生成AIと人の役割分担
社内の問い合わせに回答するAIチャットボットを導入しています。個別の事情によって回答が変わる可能性のある質問は、AIチャットボットが自動で回答するのではなく、必ず人事担当者に問い合わせるよう誘導しています。これは、生成AIが誤った出力(ハルシネーション)が起こるリスクを回避するための措置です。具体的には、給与に影響する問い合わせは、すべて人事による確認を経たうえで対応するしくみを整えています。
実践的なAI活用研修
有識者による社内の生成AIツール講座を開催し、生成AIの実践的な使い方にフォーカスした研修を展開しています。参加者はAI活用スキルや現場課題への応用力を高め、部内全体で共通言語が生まれました。トップから実務担当まで、全員が生成AIを業務のパートナーとして活用できるよう、文化の醸成にも力を入れています。
このようにWHIでは、リスク管理や人材育成を行いながら、生成AIの可能性を最大限に引き出すための実践的な取り組みを進めています。今後も、現場での運用を通じて得た知見をフィードバックし、さらなる業務プロセスの最適化とAIの効果的活用に繋げていく方針です。
後編まとめ:生成AIの活用は、戦略と設計に基づく継続的な取り組みが鍵
本記事では、生成AIを本格的に活用・導入するうえでのリスクと人事部が取り組むべき対応を解説しました。
生成AIは進化し、業務に取り入れられる領域も広がっていますが、現時点では「導入すれば自動的に成果が出る」ものではありません。重要なのは、業務全体を俯瞰し、どこでAIを使い、どこで人が関与するかを設計することです。
生成AIの力を引き出すには、「AI人材」の存在だけでは不十分です。人事が持つ業務データや現場との連携があって初めて、生成AIは実務で意味ある回答を生み出せます。そして、人×生成AI×データを組み合わせた業務フローの設計が、現場に価値を届けるうえで大きな役割を果たします。
大切なのは、自社にとって本当に必要な情報を見極め、できるところから着実に取り組むことです。まずは情報管理やFAQ対応など、影響が限定的で試行しやすい業務から生成AIを活用し、小さな成功を積み重ねていきます。実践と改善のサイクルが、将来的に組織の力を引き出す大きな成果へと繋がっていくでしょう。