通勤手当の制度を設計し直すために必要な考え方とは

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通勤手当の制度を設計し直すために必要な考え方とは

前回の記事「在宅勤務に伴って交通費の実費支給を検討する際に考えるべき5つのこと」では、新型コロナウイルス感染症予防に伴う在宅勤務/テレワークの影響を受け、定期代支給から実費支給への切り替えに必要なプロセス、会社として検討すべき制度や運用方法をご紹介しました。

交通費支給方法の見直しについて各社で対応について活発に議論がされていますが、昨今の状況を鑑みると、そもそもの制度や運用をより良い形へ柔軟に変化させていく必要があります。6月中旬の時点では、大企業で定期代支給の撤廃を検討されている企業はおそらく1割にも満たなかったかと思いますが、現時点では検討されていない企業のほうが少なくなっているようです。
また、このような動きに合わせて、鉄道事業会社側も対応を迫られており、例えば、JR東日本では時間帯別運賃制度を検討しています。

時期や具体的な制度については未定のようですが、鉄道事業会社にとって、通勤定期撤廃による安定した収益の消滅は大きな痛手となります。そのため、社会インフラでもある企業として必要な収益基盤の維持という観点では理解のできる施策です。

 

では、この制度が正式に導入された場合、各企業の交通費支給制度はどう対応することになるのでしょうか。
在宅勤務/テレワークの比率によっては、出社日数の減少に伴うコストカットのために実費支給に切り替えたにもかかわらず、新制度導入後はやはり6か月定期のほうがよかったということもあるかもしれません。
「これを機に交通費支給の制度を見直せ!」こんな指示が経営から出ている企業も多いでしょう。

これに加え、システム的にもどう対処を行うのかが求められるため、通勤手当担当者にとっては頭の痛い話なのではないでしょうか。通勤手当業務については、制度上の要因によって、以前より担当者の業務負荷が高い傾向にあります。さらに社会の変化を業務運用に含め、調整していくことは非常に困難を伴うであろうことは容易に想像できます。

本記事では前回よりも大きな視点に立って、社会の変化を担当者の業務改善につなげるための適切な制度設計に関してのポイントを整理しています。
 

目次


「最も経済的かつ合理的な経路」の罠
制度設計に必要となる2つの前提
 ・前提①:通勤手当の支給は各企業の裁量範囲である
 ・前提②:通勤手当を「手当」と考えるのか「実費」と考えるのか
制度設計の基礎となる3つのポイント
 ・① 通勤手当の制度はシンプルに
 ・② 交通費支給の決定条件と算出方法を明確に
 ・③ システムに合わせた支給条件設計も視野に
まとめ

 

「最も経済的かつ合理的な経路」の罠


通勤手当_1.png


通勤手当業務の負荷の高さには、様々な要因があります。
その最大の要因は、多くの企業において通勤手当支給の根拠となる経路が「最も経済的かつ合理的」というあいまいな基準で決定されていること、と考えます。※上記外部要因

これは所得税法上非課税となる条件として定義されているものであり、結果として多くの企業で支給条件として準拠しています。ただ、「経済的・合理的」の判断はきわめてあいまいであり、最終的には担当者の判断に委ねられているのが現状です。担当者にとってゆかりのない地域の通勤経路を、正しく判断することは決して容易ではありません。人事として合理的だと決定した経路が、従業員にとって合理的ではないことは日常茶飯事と言えるでしょう。

結果的に一定の従業員サービスレベルを維持しようとした場合、

  • 正しい経路や最寄り駅を決定しているかどうかのチェック工数の増大
  • 人事判断に承服できない従業員への説明と、事情を踏まえた上でのイレギュラーな経路管理、交通費支給管理による業務効率の悪化
    (イレギュラー対応のため、システム化や運用改善による解決が困難)

という影響が起こります。※上記内部要因

したがって、まずは制度設計を見直して運用負荷の軽減を図るということが、本質的な解決につながります。

 

制度設計に必要となる2つの前提

それでは、制度設計を見直していくうえではどのような点を押さえておけばよいのでしょうか。
 

前提①:通勤手当の支給は各企業の裁量範囲である

今回の実費支給への切り替えにあたりこのような問い合わせがあります。

「7月分の交通費から後払いの実費支給に切り替えたいのですが、その場合7月の給与で支給する交通費がなくなります。これって法律的に問題ないのでしょうか?」

「交通費って支給されて当然でしょ?」こんな声も上がりそうですが、あくまで通勤手当は家族手当や住宅手当と同じ、従業員の福利厚生の一手段にすぎません。例えば、前払いから後払いに切り替わるにあたって、交通費支給が発生しない月があったとしても問題はありません。むしろ上記ケースであれば、支給しない月が当然発生します。

法律的には

  • 通勤手当は、支給するならば「経済的・合理的」な経路を認定して支給していること
  • 支給した通勤手当額を社会保険の報酬額に含めること
    (+非課税限度額を超えた支給額を課税対象額に含めること)

が実現できていればOKです。

当然ながら、実際は従業員への説明と理解は必要となりますが、まず前提として、通勤手当を支給するのか、しないのかは企業の自由である、ということをふまえて検討を進めましょう。

 

前提②:通勤手当を「手当」と考えるのか「実費」と考えるのか


まず、「手当」は従業員の通勤に伴う出費を会社が負担する、という考え方です。

例えば従業員にとって最安の経路でなくても、従業員の福利厚生という観点で妥当な額であれば許容するということになります。あくまで手当なので、実経路にかかわらず支給額は会社として決定した額であると割り切ることもできますが、許容範囲や例外認定の条件によっては、会社側のチェックやイレギュラー対応の運用負荷が発生します。仮に冒頭に取り上げた時間帯別の運賃が導入された場合、交通費支給額をどう決定するかは会社としての方針で割り切ることになります。
 

  • ・都度、金額を出社時間で判断することは難しいし、運用上メリットがない
  • ・出社時間帯が一般的な通勤時間帯と被っている可能性が高いので、ピーク時の運賃をベースに出社日数を乗じて支給する
  • ・在宅勤務/テレワークが浸透しており、出社時間帯も調整しやすくなっている。実費支給のメリットを生かすためにも、通常時の運賃をベースに支給する


どの考え方であっても、「通勤手当はあくまで会社による福利厚生の一つ」という観点であれば間違いではありません。その代わり、通勤手当支給の目的である、従業員の納得性については考える必要があります。
 

通勤手当_2.png

反対に「実費」は、実際に従業員が通勤する経路を確実に捕捉して、支給額・払戻額で従業員、企業とも不利益が発生しないようにする、という考え方です。

正しい経路の申請と承認が前提となるため、会社側のチェックと従業員への説明が必要不可欠となる一方で、チェックや従業員の申請方法のシステム化が進むほど、運用負荷を低減させることができます。
制度や運用を検討するときには、自社の通勤手当が「手当」なのか「実費」なのか、を明確にしておく必要があります。そうでないと、制度に細かく金額や距離の制限を定めながらイレギュラーは認める、という、担当者のチェック負荷が高いわりに、従業員の納得性が低い制度となってしまう可能性があります。

仮に、時間帯別の運賃を導入する場合は、従業員がいつ出社し、その時に利用した運賃がいくらだったか、を捕捉する必要があります。そしてそのためには、出社時の運賃を本人から申告させる、交通機関から実支給額データを何らかの形で提供してもらい給与へ反映する、など、実費を捕捉するための運用やシステム設計が必要となります。そのような方法が可能かどうかは検討するとして、仮に実現することができれば、従業員にとって理解の得られる仕組みとなる可能性が高いでしょう。

 

制度設計の基礎となる3つのポイント


では、上記を踏まえたうえで、運用負荷を低減させるために、どのような制度設計を行えばよいでしょうか。
 

① 通勤手当の制度はシンプルに

まず、どんな手当でも同じかとは思いますが、制度をシンプルにすることが大前提となります。
通勤手当で発生しがちなのは、勤務先の地域や交通手段で特例を認めたり、特殊な条件を用意したりする(例:都道府県ごとにガソリン単価を設定する、など)ことです。

そのため、なるべく上記のような制度は避けて、全社統一で同一のルールとすることをお勧めします。
 

② 交通費支給の決定条件と算出方法を明確に

次に、交通費支給の条件を極力明確にすることが必要です。

  • ・最寄り駅までの距離は道なりなのか直線距離なのか
  • ・駅の出入り口は考慮するのか
  • ・最安経路よりも所要時間が短い経路があった場合の許容率
  • ・その事業所で利用できる最寄り駅はどこか

など、一般的に利用される経路の決定条件を明確にしておくことで、従業員からの不要な問い合わせを削減することにつながるでしょう。

また、

  • ・「経済的」「合理的」と判断した経路
  • ・最安経路よりも「大幅な」所要時間短縮が見込める経路なら許可する

というようなあいまいな基準を極力残さないこともポイントです。

さらに、

  • ・距離の算出については○○社の地図ソフト利用の結果とする
  • ・決定経路は申請サービス内で表示された上位5経路の中から選択するものとする
  • ・原則、表示外の経路は認められないが、親族の介護、子女の通園などやむを得ない事情がある場合は、その理由を申請内に記載し、上長の承認を得ること。ただし最終的な経路決定の判断は人事部で行う

といったように、距離や金額の算出方法も明確にしておくことが重要です。
これらが制度に定められていないと、

「自分の地図ソフトだと2kmと表示されているから、バスを利用してもいいはず」
「自分がよく利用しているサイトでは、表示されている最安経路は表示されない」

といったように、申請ごとの判断や従業員との条件交渉が発生してしまう可能性があり、担当者の業務負担を大きくするとともに、従業員の納得性を低下させます。

ここで重要となるのは、前提に記載した通勤手当を「手当」として考えるのか、「実費」として考えるのかという判断軸です。
もし「手当」であれば、制度はなるべくシンプルにしたうえで、ある程度従業員の選択に委ねたほうがよいでしょう。申請内のチェックにおいても最低限の支給許容率は保ちつつ、なるべく人的なチェックを省略することで、担当者の運用工数低減と従業員の納得性という双方のメリットを追求すべきでしょう。
逆に「実費」であれば、条件を明確化したうえで、申請内の機械的なチェックや担当者のチェックを支給条件に合わせて定型化し、個別の事情に合わせた都度の判断を極力少なくするという運用設計が必要となります。
 

③ システムに合わせた交通費支給の条件設計も視野に


交通費の支給条件を利用中の申請システムの仕様に合わせる、ということも一つの考え方です。
もはや、今後通勤手当の申請を紙ではなく何らかのWeb申請サービスで実施することは避けて通ることはできないでしょう。これだけ制度や運用が変化していく現状で、一定の制度設計と担当者の理解と運用工数消化を前提にした紙ベースの申請では、今後の変化に適切な対応を行っていくことはできません。
そのため、利用している申請サービスの仕様や機能要件に制度や業務を合わせる、ということは業務効率化という観点では理にかなった方法の一つです。

ただ、多くの企業の事例に携わって感じることではありますが、適切な通勤経路の決定は、最終的には人間の脳(経験や常識から導き出されたもの)が速くて正確、ということも多々あります。単に判定ロジックや経路の優先順位をシステムに当てはめようとしても、片方がうまくいけばもう片方がうまくいかない。そうして結局、申請上に表示されて決定された経路が本当に正しいのかシステムだけでは判別できずに、担当者が全件チェックせざるを得ない、という本末転倒なケースは避けなくてはなりません。

  • ・システムでは必要最低限の制限は行い、そこからはみ出たケースのみ担当者でチェックを行う
  • ・システムで実現できない、あるいは他の条件を阻害する条件は制度から外す

といったように、最終的なチェックが残ることによる担当者負荷や、制度を外すことによる超過金額の妥当性を踏まえつつ、判断してはいかがでしょうか。
 

まとめ

いかがでしょうか。
通勤手当の経路及び交通費の支給額決定は明文化されていないことも多々あり、担当者のチェックと判断によって支えられてきました。その結果、システム化を妨げるとともに、非効率な業務運用の原因ともなっていました。ただ、今回の在宅勤務やテレワークへの移行という流れは通勤手当の意義を改めて整理し、変化に耐えうる制度と進化させるきっかけになります。

今回のポイントは「割り切ること」でしょう。

会社側ですべてコントロールできない要素が多い通勤手当業務は、すべてを満たそうとすればするほど担当者の負荷に直結します。

  • ここまではシステムで自動制御するが、このパターンは担当者がチェックする
  • 育児や介護が必要な従業員以外は一律で同じ制度にする

何を重視し、それ以外の部分をいかに割り切ることができるか、言葉にすれば簡単で実施には困難を伴うことは承知の上で、今後の変化へ柔軟な対応を行うためには、多かれ少なかれいずれ割り切りが必要となる、という理解は必要でしょう。もし、改善の要素があれば、ぜひ上記を踏まえご検討いただければ幸いです。

そして、決定された制度と運用を支えるシステムとして、COMPANY 通勤交通費サブシステム」「COMPANY Web Service 通勤手当申請サービス」は、多くの機能と事例によって、通勤手当業務をサポートする一助となるはずです。

まだ、ご利用いただいていない企業の担当者の方は、ぜひ導入をご検討ください。

この記事を書いた人

ライター写真

伊藤 裕之 (Ito Hiroyuki)

2002年にワークスアプリケーションズ入社後、九州エリアのコンサルタントとして人事システム導入および保守を担当。その後、関西エリアのユーザー担当責任者として複数の大手企業でBPRを実施。現在は、17年に渡り大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、1100社を超えるユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信している。

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