近年、企業の長期的な成長を目指した、ESG経営の考え方が注目されています。言葉として耳にする機会はあっても、ESG経営がどのようなものか具体的にイメージできない方も多いのではないでしょうか。
この記事では、ESG経営の概要やメリット、注意したいポイント等について解説します。
目次
ーESG経営とは
ーESG経営の目的
ーESG経営に似た用語との違い
ーESG経営が注目される背景
ーESG経営に取り組むメリット
ーESG経営における注意点
ーESG経営で取り組むべき要素
ーESG経営を実践する企業の例
ESG経営とは
ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字をとった言葉で、この3要素が重視された経営をESG経営といいます。企業の長期的な発展のために重要な要素として、2006年に責任投資原則(PRI)で初めて提言されました。
環境問題・社会問題への取り組みやガバナンス強化への意識は、長く安定した企業の成長に影響するとされています。ESG経営は、これらの取り組みによって持続可能な経営、持続可能な社会を目指そうとする考え方です。
現在この考え方は世界中に広まりつつあり、人的資本開示の流れが強まる日本においても、ESG経営を実践する企業や投資判断の基準にする投資家が増えています。
Environment(環境)
ESGの「Environment」は、企業が意識的に改善すべき環境問題です。
これまで、産業の発展によって世界経済は成長してきました。世界中で産業活動が活発になると同時に、以下のような環境問題も生じています。
・気候変動
・資源の枯渇
・廃棄物
・環境汚染
・森林減少 等
これらの環境問題を解決するためには、再生可能エネルギーの活用や温室効果ガスの削減、リサイクルの推進等、環境に配慮した取り組みが重要です。
Social(社会)
ESGにおける「Social」は、企業が意識的に改善すべき社会問題です。
現在は、ワークライフバランスの実現や外国人・障害者雇用、ハラスメント対策等がより重視される社会へと変化しています。企業は、以下のような社会問題に気を配る必要があります。
・人権
・現代奴隷制
・児童労働
・労働条件
・従業員関係 等
社会問題への取り組みによって誰もが働きやすい環境をつくることで、企業の長期的な成長が期待できます。
Gavernance(ガバナンス)
ESGの「Governance」は、企業が意識的に改善すべき企業統治の問題です。具体的には、以下のような問題が挙げられます。
・贈賄および腐敗
・役員報酬
・取締役会 / 理事会の多様性および構成
・ロビー活動および政治献金
・税務戦略 等
企業には、財務情報の開示や不正を防ぐための管理体制づくり、個人情報の保護といったガバナンスの強化が求められています。ガバナンスの強化は、従業員・顧客・投資者・地域社会等からの信頼に繋がります。
ESG経営の目的
企業経営におけるESGの目的は、企業の長期的成長と持続可能性を確保することによって、市場価値を高めることです。
ESG経営に取り組む企業が増加し続けている現在の市場において、ESGを軽視する企業は経営リスクの管理を怠っているとみなされ、投資家や顧客等から評価されません。彼らの評価を得られなければ、調達できる資金や獲得できる収益は減少し、経営を安定させることが難しくなります。
ESG経営に似た用語との違い
様々な社会問題に対して世の中の意識が高まる中で、ESG経営と合わせてよく使われるようになった言葉があります。本章では、ESG経営に似た3つの用語を、ESG経営との違いとあわせて解説します。
ESGとSDGsの違い
SDGsは、国連サミットで2015年に採択された「2030年までに達成を目指す、持続可能な世界を実現するための開発目標」です。「持続可能」を目指すという観点はESGと共通していますが、その対象に違いがあります。
ESGは企業価値を高めるために重視すべき要素であり、対象は企業や団体です。一方、SDGsは持続可能な世界を実現するための目標です。企業に限らず、すべての組織・個人が取り組むべき目標として掲げられています。
ESGの3つの要素とSDGsには共通する部分も多く、ESGに取り組むことはSDGsの達成にも繋がります。つまり、SDGsは世界共通の目標であり、ESGは企業がSDGsの達成に貢献するための手段のひとつなのです。
ESGとCSRの違い
CSRは「Corporate Social Responsibility」の頭文字をとった用語で、「企業の社会的責任」を意味しています。企業の社会的責任とは、利害関係がある人々(ステークホルダー)からの多様な要求に対し、適切な対応をとる責任です。
CSRの考えにおいては、企業は事業内容に適した活動を行い、ステークホルダーとの信頼構築によって企業価値の向上を目指します。
CSRとESGは、企業価値の向上を目的とする点は共通していますが、企業価値が誰から見たときのものであるかが異なります。
CSRでは、企業が利益の一部を社会へ還元するためにCSRに沿った事業を展開します。つまり、CSRは企業視点での企業価値を高める活動です。一方、ESGは投資家が投資先を選ぶ基準であるため、社外から見たときの企業価値を意識する必要があります。
ESGへの取り組みは投資家からの評価に繋がりますが、CSRに取り組んでいるからといって必ずしも投資家に評価されるとは限りません。
ESGとSRIの違い
SRIは「Socially Responsible Investment」の頭文字をとった用語で、「社会的責任投資」を示しています。社会的責任を果たしているかを判断基準にして、社会の要求に対応する企業を選ぶ投資行動です。
SRIの始まりは1920年代で、キリスト教の教義に反した企業を投資先から除外する、ネガティブ・スクリーニングが起源とされています。2000年代には、社会貢献に尽力する企業を優先して投資先に選ぶ、ポジティブ・スクリーニングが広まりました。
SRIとESGそれぞれの考え方における投資活動は、社会的に責任を果たしている企業が対象である点で共通していますが、その判断基準が異なります。
SRIでは「キリスト教の教義に反しない」「社会貢献に尽力している」という基準で投資先が選ばれてきたのに対し、ESG投資では「環境・社会・ガバナンスに関する課題の改善に取り組む」企業が評価されます。
ESG経営が注目される背景
ESG経営は、どのような背景があって注目されているのでしょうか。本章では、ESG経営が企業で広まる要因となった社会の変化を3つ紹介します。
1.SDGs意識の高まり
SDGsに対する意識の向上は、ESG経営が注目される背景のひとつです。
SDGsは世界共通の目標として広く認知され、各国の政府だけでなく、企業・個人でも意識する人々が増えています。地球温暖化や貧富の格差など身近に感じる問題が多く、将来に不安を抱く人々が増えていることが理由です。
先述したように、ESG経営とSDGsは深く関連しています。ESGに取り組むことがSDGsへの貢献にもなるため、SDGsに対する意識の向上に伴いESG経営への注目も高まっています。
2.健全な経営を評価するESG投資の普及
投資家は、利益や資金力等の財務を重視した投資によって、リーマンショックの際に大きな打撃を受けました。リーマンショックでの反省から重要視されるようになったのが、環境・社会・ガバナンスの課題に取り組む健全な経営を評価するという、ESG投資です。
ESG投資においては、環境・社会・ガバナンスに対する意識が不足した企業は投資の対象から外れる可能性が高まります。そのため、自身の安定した経営だけでなく、投資家からの評価を目的にESG経営を実践する企業が増えています。
3.VUCA時代におけるリスクの多様化
VUCAとは、以下4単語の頭文字を取った言葉で、激動する社会において先行きの予測が困難であることを示しています。
・Volatility(変動性)
・Uncertainty(不確実性)
・Complexity(複雑性)
・Ambiguity(曖昧性)
社会の急激な変化に伴い企業が直面するリスクも多様化する中で、企業はリスクへの予測力や対応力が求められています。ESG経営は、環境・社会・ガバナンスの問題に意識を向けることでリスクの予測や対応を行いやすくし、経営を安定させることができる方法のひとつです。
ESG経営に取り組むメリット
ESG経営に取り組むことで、企業は様々なメリットを得ることができます。本章では、ESG経営が企業にもたらす5つのメリットについて解説します。
1.ESG投資家からの評価獲得
先述の通り、近年、環境・社会・ガバナンスの問題に取り組む企業へ投資する「ESG投資」が重要視されています。ESG投資では、企業がEGS経営を行うことによって長期的な利益の獲得を見込めると考えられています。そのため、ESG経営に積極的な企業はESG投資家からの評価を得やすいです。
ESGへの取り組みが評価されると投資家から出資先に選ばれやすいため、事業に必要な資金を調達しやすくなる点がメリットのひとつです。
2.企業イメージの向上
ESG経営で取り組む問題は、環境・社会・ガバナンスにおける社会的な課題です。社会問題に取り組む姿勢はステークホルダーからの信頼に繋がり、企業のイメージを向上させます。
企業イメージの向上によって得られるものは、投資家による出資だけではありません。消費者による商品・サービス利用の増加、優秀な人材の確保も可能です。
これらの効果は、結果として企業の業績向上にも繋がります。
3.経営リスクの軽減
ESGにおけるガバナンスへの取り組みでは、ガバナンス強化を目指して管理体制づくりや情報の開示と保護、法令遵守に力を入れます。つまり、ガバナンスの強化は、リスクの管理体制の整備とリスク発生の軽減に繋がります。
また、環境・社会における問題は規模が大きく、事業の存続にも大きく影響する問題です。環境問題や社会問題への取り組みも経営リスクの軽減に結びつくといえます。
ESG経営は、VUCA時代といわれる現代において、多様なリスクの軽減を目指す有力な手段のひとつです。
4.労働環境の改善
これまで、人種・ジェンダー・心身の障害等による差別やハラスメント、過重労働等が問題視されてきました。これらの問題を受け、ESG経営では、従業員の多様性を考慮した働き方や安全・衛生への配慮が求められています。
ESG経営では労働環境の課題にも対応することになるため、誰もが働きやすく安心できる職場の実現が可能です。また、労働環境の改善が、離職率の低下や新たな人材の確保に繋がる点もメリットです。
5.新しいビジネスチャンスの発見
ESG経営で環境問題や社会問題に取り組むためには、自社の事業が社会に対してどのように貢献できるかを考えます。社会の要求に応じた商品・サービスの追求によって、新規事業の開発に繋がる可能性があります。
また、社会的な問題を意識した商品・サービスは顧客からの共感を得やすいため、事業の拡大を期待できる点もメリットです。
ESG経営に取り組むためのこれまでにない視点が、新たなビジネスチャンスを掴むきっかけになるといえます。
ESG経営における注意点
メリットの多いESG経営ですが、実施に際しては注意点も存在します。本章では、企業がESG経営を行うにあたって注意すべき4つのポイントを解説します。
1.長期的な視点で取り組むこと
ESGの問題への取り組みは、成果が得られるまでに期間を要するケースが多数存在します。規模の大きな問題であるだけに、着手から改善を実感するまでに時間がかかることが多く、ステークホルダーからの評価もすぐに得られるわけではありません。
年単位の時間がかかる可能性を考慮しながら、よりよい内容・方法を模索し、継続して実施する努力が必要です。
2.コスト増加の可能性があること
ESGの問題に取り組む中で、新たにコストがかかることがあります。
具体的には、環境に配慮した設備の導入や従業員に対する待遇の見直しのための費用、事業の開発・改善にかかる人材・時間等のコストです。短期的な視点で見ると、かかった負担に対して成果が小さく、数字上では損害を被ったように見える可能性があります。
先述した通り、ESG経営は長期的に成長することや持続可能な企業になることを目指した経営です。このことを念頭に置き、費用対効果も長期的な視点でとらえるようにしましょう。
3.統一された評価基準がないこと
ESGは世界中で注目されている一方、歴史が浅く、統一された評価基準が存在しません。基準が確立されていないため、企業は向かうべき具体的な目標が定めにくい状況です。
他社の事例を参考にしたり世界の動向を分析したりしながら、自社の事業内容や規模に適した取り組みを検討しましょう。より社外に評価されやすい取り組みから始めることも戦略のひとつです。
4.経営者の発信と一貫性を持たせること
ESGへの注目度が高まると同時に、ESG経営を行う企業の経営者も注目を浴びやすくなっています。
ESGへの取り組みが評価されていても、ESGにそぐわない経営者の言動がひとつあるだけで、企業全体の評価は低下します。また、従業員がESGに反する大きな問題を起こしたときに、企業の評価が低下する可能性も無視できません。
経営者をはじめとした従業員1人ひとりが、あらゆる場面で企業の方針に沿った振る舞いをすることが重要です。
ESG経営で取り組むべき要素
ESG経営に取り組む際、特に意識すべき4つの要素について解説します。
1.サステナビリティ
サステナビリティとは、「持続可能性」を意味する用語です。環境・社会・経済の観点から物事を長期でとらえ、社会や地球環境の持続可能な発展に寄与しようとする考え方を示しています。
たとえば、再生可能な資源やエネルギーの活用、従業員の多様性に配慮した労働環境の整備等が、サステナビリティにあたる取り組みです。
ESGへの取り組みとサステナビリティへの取り組みは共通するケースも多くあり、サステナビリティへの取り組みはESG経営の基盤をつくることにもなります。
2.ダイバーシティ
ダイバーシティとは「多様性」を意味し、年齢・ジェンダー・国籍・学歴・心身の障害・スキル・価値観等、一人ひとりの個性を尊重しようとする考え方です。
外国人や障害者の雇用・フレックスタイム制の導入・労働時間の見直し等が、ダイバーシティへの取り組みにあたります。ダイバーシティについての取り組みは、ESGにおける社会問題の改善に繋がるため、多様な人材が安心して活躍できる企業を目指せるとよいでしょう。
3.労働環境
労働環境の整備は、ダイバーシティとあわせて取り組みたい要素のひとつです。
ESGでは社外の問題だけでなく、社内の問題にも取り組む必要があります。労働環境の整備は、ESGへの取り組みとして力を入れやすい要素でもあります。長時間労働・ハラスメント問題・雇用形態の違いによる待遇の格差等、企業の内部で改善すべき問題がないかを見直してみましょう。
最適な方向に改善できるように従業員の意見も大切にしながら、心身ともに健康な状態で働ける環境をつくることが重要です。
4.ガバナンス
ガバナンスも、労働環境と同様に社内で取り組みやすい要素です。たとえば以下の内容が、ガバナンスの徹底に向けた取り組みとして挙げられます。
・社内規則の制定や見直し
・監査部門の設置
・リスクマネジメントの強化
・企業の内外に対する情報開示と保護 等
特に情報開示は透明性の高い企業として信頼され、ESGにおける評価を得るために重要な要素です。社内の統制を保ち、信頼性の高い企業経営を目指しましょう。
ESG経営を実践する企業の例
日本でもすでに多くの企業がESG経営を実践しています。本章では、ESG経営に取り組む身近な企業の事例を紹介します。
大手ヘルスケア商品メーカー:K社
K社ではESG経営の戦略として、生活者を主役とした独自の計画を掲げています。ESG推進委員会の設置や外部のESGアドバイザーとの連携、ESG推進会議の開催が同社のESG推進体制です。各テーマの指標・中長期目標を具体的に定め、定期的に目標を見直しながらESGに取り組んでいます。
気候変動や水管理等の環境分野について調査・評価するCDPや、投資評価機関であるISSによるESG評価等、複数の外部評価で最高評価を獲得しました。
大手精密機器メーカー:C社
C社は、ESG経営が提言される前からESGに関する言葉を企業理念に掲げており、意識が非常に高い企業です。国や地域、自然や環境との良好な関係の構築による社会的な責任の遂行を宣言し、技術力を生かしたESGに対する社会貢献を目指しています。
同社のESGへの取り組みは多岐にわたり、多数の項目と各項目に対する方針や体制等、綿密な戦略が特徴です。
大手住宅設備機器メーカー:T社
T社では、CSR活動の一環としてESG経営に取り組んでいます。社会・環境・ガバナンスの各課題に取り組んでいますが、中でも環境問題のひとつである水の問題に対する取り組みが特徴です。
水環境の課題に取り組むための基金を設立し、水環境の課題解決に努める団体を支援しています。設立して以来、約300団体に対し4億円近くの支援をしてきました。
水に関わる問題への高い意識は、水まわりの製品を扱う企業ならではといえます。
ESG経営を導入し企業価値を高めよう
ESG経営の概要やメリット、注意したいポイント等について解説しました。ESG経営への取り組みは企業を長期的な成長に導くだけでなく、社会的な問題への貢献を可能にします。
取り入れやすい要素からESG経営を導入し、経営の安定化や企業価値の向上を目指しましょう。