労働安全衛生法とは、労働者の安全と衛生についての基準を定めた法律です。労働者が快適に働くための環境を作ることは事業者としての役割であり、その役割を適切に果たすために、労働安全衛生法は様々なことを企業に義務付けています。
この記事では、労働安全衛生法の基礎知識や企業が見落としやすいポイント、違反した場合の罰則等を網羅的に解説します。
目次
ー労働安全衛生法とは
ー労働安全衛生法と労働基準法の違い
ー労働安全衛生法に違反した場合の罰則
ー労働安全衛生法において「事業者」が遵守すべきポイント
ー安全衛生活動が企業に与えるメリット
ー2023年労働安全衛生法の改正ポイント
ーより安全な職場環境を目指しましょう
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、労働者の安全と健康の確保、快適な職場環境作りを促進するための法律です。1972年に制定され、事業者に対して、責任体制の明確化や自主的な活動の推進を定めています。
労働安全衛生法が制定された1972年と比較すると、時代の変化とともに労働者の働き方も多様化しました。それに伴い、労働安全衛生に関連した法律の改正や新制度の創設が行われています。事業者は、常に最新の情報を得なければなりません。
労働安全衛生法では、法律の対象となる事業者や労働者の基準、安全基準、衛生基準、特別規制が明確化されています。ここからは、それぞれの内容について解説します。
労働安全衛生法における「事業者」とは
労働安全衛生法における事業者とは、事業を行い、労働基準法第9条に規定する労働者を使用する人です。事業者は、事業場の規模や業務区分に応じて、衛生管理委員会の設置や衛生管理者の選任を行い、働きやすい職場づくりに努める必要があります。
労働安全衛生法の違反が確認された場合、事業者には罰則が課せられます。
労働安全衛生法における「労働者」とは
労働安全衛生法における労働者とは、職業の種類を問わず、事業者や事務所に雇用され賃金を受け取っている人です。ただし、同居の親族が営む事業者や事務所に雇用されている人、家事使用人は、労働安全衛生法における労働者に当てはまりません。
労働安全衛生法の「安全基準」
労働安全衛生法では、一定の安全基準が設けられています。事業者に危機管理を促し、労働者が業務中にさらされる可能性のある危険を、未然に防ぐことが目的です。
事業者は、新たに労働者を雇用した場合や労働内容に変更があった場合、労働者に対して安全衛生教育を実施することが義務付けられています。安全衛生教育で指導すべき事項は以下の通りです。
- ・使用する機械や原材料の危険性、有害性
- ・使用する機械や原材料の取扱方法
- ・安全装置や有害物抑制装置等の作業手順、点検方法
- ・保護具の性能、取扱方法
- ・業務における疾病
- ・事故が発生した際の対応
- ・職場の清潔保持
労働安全衛生法の「衛生基準」
労働者が健康かつ安全に働くためには、衛生面にも配慮が必要です。労働安全衛生法には事業者が遵守すべき衛生基準も定められています。主な衛生基準の内容は以下の通りです。
- ・十分な休憩施設の設置
- ・有害な作業場がある場合は、作業場の外に休憩施設を設置する
- ・坑内作業場所の通気設備の準備
- ・労働現場の照度
- ・月に1回以上の産業医の巡視
- ・防毒マスクや粉塵マスク、囲い等の用意
- ・作業現場の温度、湿度の調節
- ・照明設備の定期点検
- ・夜間労働者の仮眠設備の設置 等
労働安全衛生法の「特別規制」
労働安全衛生法には、安全基準や衛生基準以外に特別規制も設けられています。これは、厚生労働省が定める特定の有害業務を行う場合に、その業務に関する特別な要件を定めたものです。特別規制は主に以下の内容です。
- ・建設業の下請け業者は、厚生労働省が定める場所に危険防止の措置をとらなければならない
- ・クレーン等の機器を操縦する際は合図を統一する
- ・事故現場等の標識を統一する
- ・有機溶剤等の容器の集積場所を統一する 等
労働安全衛生法と労働基準法の違い
労働安全衛生法と混同されやすい法律として、労働基準法が挙げられます。しかし、労働安全衛生法と労働基準法の内容や制定の目的は異なるため、事業者は両方を正しく理解しなければなりません。
労働基準法
労働条件に関して事業者が最低限守るべき基準を定めた法律。雇用契約や労働時間等の観点から、差別や強制労働を防ぎ、労働者の権利を守るためのもの。
<労働基準法で定める内容>
- ・賃金
- ・法定労働時間、時間外労働時間、休日労働時間
- ・休日、年次有給休暇
- ・就業規則 等
労働安全衛生法
上記に加えて、労働者が安全かつ健康に働ける環境を形成するために制定された法律。健康状態の把握、職場の衛生管理等の観点から、労働者の安全と心身両面の健康を守るためのもの。
<労働安全衛生法で定める内容>
- ・安全衛生管理体制
- ・雇い入れ時の健康診断、定期健康診断、特定業務従事者の健康診断
- ・産業医面談、ストレスチェック
- ・換気、照明、感染症対策等の基準 等
本来、労働安全衛生法の内容は労働基準法に含まれていましたが、働き方の多様化に伴ってその内容を独立させ、1972年に労働安全衛生法として制定されました。
どちらも労働者を守るための法律ですが、対象とする領域は異なります。両方の法律に沿って適切に労働環境を整備しましょう。
労働安全衛生法に違反した場合の罰則
労働安全衛生法の遵守は事業者の義務です。事業者は、労働安全衛生法に違反すると罰則が課せられます。罰則の対象となりやすいものは、「作業主任者選任義務違反」「安全衛生教育実施違反」「無資格運転」「労災報告義務違反(虚偽報告)」です。
それぞれの内容と罰則は以下の通りです。
内容 | 罰則 | |
---|---|---|
作業主任者選任義務違反 | 一定の危険作業を行う際に作業主任者を設置していなかった、または作業主任者は設置していたものの監視を怠っていた場合 | 6ヶ月以上の懲役または50万円以下の罰金 |
安全衛生教育実施違反 | 労働者を雇用する際に安全衛生教育を実施しなかった場合 | 50万円以下の罰金 |
無資格運転 | 資格が必要な機械を無資格で使用させた場合 | 6ヶ月以上の懲役または50万円以下の罰金 |
労災報告義務違反(虚偽報告) | 労災発生時に「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出しなかった場合や、虚偽の内容で報告した場合 | 50万円以下の罰金 |
労働安全衛生法において「事業者」が遵守すべきポイント
労働安全衛生法は、労働安全や労働衛生に関する事項が幅広く制定されています。特に、事業者が遵守すべき内容は労働災害を防止するための措置、安全衛生教育、リスクアセスメント、健康の保持、増進のための措置、快適な職場環境の形成の5点です。
ここからは、それぞれの内容について詳しく説明します。
1.労働災害を防止するための措置
労働災害を防止するための措置は、危険防止や健康被害の防止により労働災害が発生しないように努めることです。
具体的には、設備や機器、作業で発生する危険への対策や、放射線や高音、振動等に対する健康被害防止対策が挙げられます。
万が一、労働災害を防止するための措置を怠っていた場合には、法律違反として規定の罰則が課せられます。ただし、労働災害を防止するための措置をしていたにもかかわらず、労働者自身が防止措置に関するルールを守らなかった場合は罰則の対象外です。
2.安全衛生教育
安全衛生教育とは、労働者が安全に職務を行えるように教育することです。先述の通り労働安全衛生法では、新しく労働者を雇用した場合や、業務内容の変更が生じた場合に労働者に対する安全教育の実施が定められています。
安全衛生教育の内容は「物的」と「人的」に大別されます。「物的」は、設備メンテナンス等職場環境の安全性に関する教育、「人的」は労働者のスキル向上を目的とした教育です。
安全衛生教育の内容は、事業場の業種や労働者の知識レベルによって省略できるものもあります。あらかじめ自社の業種に必要な教育項目を確認しておくとよいでしょう。
3.リスクアセスメント
リスクアセスメントとは、リスクの見積り、作業現場の有害性や危険性の特定、リスク低減措置の決定等、リスクへの措置に関する一連の流れのことです。
労働安全衛生法第28条第2項に規定されており、製造業や建設業の事業者はリスクアセスメントと、リスクアセスメントに関連した措置を実施することが義務付けられています。
4.健康の保持・増進のための措置
労働安全衛生法第7章では、労働者の健康保持・増進のために事業者が行わなければならない措置が定められています。具体的には、労働者が健康に働き続けるための、定期的な作業環境の測定や健康診断の実施、病者の就業禁止等です。
たとえば、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、1年ごとに1回の定期健康診断が義務付けられています。健康診断の結果は、労働基準監督署に報告したうえで5年間の保管が必要です。
従事する業務の内容によっては、上記に加えて特定業務健康診断や歯科医師健康診断を行わなければなりません。これらの健康診断は既定の業務を実施する都度行われます。
5.快適な職場環境の形成
最後に、快適な職場環境の形成も重要です。労働安全衛生法では、作業環境・作業方法・疲労回復支援施設・職場生活支援施設の4つの視点で、快適な職場環境作りの形成を促しています。それぞれの視点の概要は以下の通りです。
作業環境 | 作業中の不快感軽減のために、明るさや騒音、臭いに気を使うこと |
---|---|
作業方法 | 労働者の心身に負担がかからない業務内容であること |
疲労回復支援施設 | 疲れやストレスを解消できる休憩室や仮眠施設を設置すること |
職場生活支援施設 | トイレ等を清潔に保つこと |
<その他>見落としやすい身近な安全衛生
事業者は、労働安全衛生法に基づいて職場の安全衛生を適切に管理する必要があります。
安全衛生管理を行っているつもりでも、実は見落としがあったというケースは少なくありません。そのため、労働安全衛生法の最新情報を把握して管理内容を見直すことが重要です。
見落としやすい身近な安全衛生として、以下のものが挙げられます。
・メンタルヘルスケア
事業者は、労働者の体の健康だけでなく、心の健康にも気を配らなければなりません。定期健康診断等で体の状態を確認することに加えて、ストレスチェックや面談を通して精神の健康状態を管理することも求められます。
・感染症対策
新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、意識的に換気や消毒を行う企業が増えました。しかし、もとより安全衛生管理法では、事業場の規模等に応じた換気基準・清潔基準を明確に設けています。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス等の流行がなくとも、常に感染症やその他の健康被害を防ぐための対策が必要です。
安全衛生活動が企業に与えるメリット
安全衛生活動をすることで、労働者が働きやすい環境を得られるメリットがありますが、企業側にも以下3つの効果が期待できます。
- ・モチベーション向上
- ・生産性向上
- ・無駄な人件費の削減
-
1.モチベーション向上
安全衛生活動を行うことで働きやすい環境が整えられ、従業員のモチベーションが高まります。モチベーションの向上は、エンゲージメントの向上にもつながります。
2.生産性向上
労働者が安全衛生に関する正しい知識を身に付け、安全で効率のよい作業をすることによって、企業の生産性が上がります。現場での事故やトラブルが減り、想定外の生産ロスを防げるでしょう。
3.無駄な人件費の削減
安全衛生管理の徹底は、無駄な人件費を減らす効果もあります。従業員が心身ともに健康な状態で長く働くことで、休職や離職による人員調整が必要なくなるからです。
このように、安全衛生活動は労働者のためだけではなく、事業者側にも様々なメリットがあります。株主や求職者へのアピールポイントにもなるため、単に法令を遵守するためだけでなく、積極的に安全衛生への取り組みを行うとよいでしょう。
2023年労働安全衛生法の改正ポイント
2023年4月1日に労働安全衛生法の改正が予定されています。
具体的には、危険有害な作業を行う事業者は、作業を請け負わせる一人親方等や同じ場所で作業する労働者以外の人に対しても、労働者と同等の保護措置をはかるよう義務付けるというものです。
同じ作業場所にいる労働者以外の人には、資材搬入業者や、警備員等が含まれます。
労働安全衛生法の改正に伴い、自社が既定の作業を行う事業者に該当するかどうか、あらかじめ確認しておきましょう。
より安全な職場環境を目指しましょう
労働者の安全を守ることは事業者の義務です。日本では、労働安全衛生法で労働者の安全かつ健康を守る措置が明確に定義されています。
労働安全衛生法に違反すると懲役や罰金等の罰則が課せられるため、労働安全衛生法に基づいて労働者の安全な職場環境を確保しましょう。
また、労働安全衛生法はほぼ毎年法改正が行われる流動性の高い法律です。世の中の変化に合った適切な労働安全衛生管理を行えるよう、常に最新の改正情報を確認しておきましょう。