労働条件の最低基準を定め、労働者の生活と権利を守る労働基準法。
1947年に制定され、その後いくつかの改正を経て現在の形になっています。特に1987年には、週休2日制、変形労働時間制、フレックスタイム制の導入といった大きな改正がなされました。
そして2025年からは、コロナ禍を経て変化した労働者の価値観や働き方を反映した制度にするため、さらなる見直しが検討されています。「40年ぶりの大改正」とも言われる今回の改正。本コラムでは、2026年3月時点の議論の最新動向や全体像、そして企業への影響が大きいと予想される7つのトピックについて解説します。
1分サマリ
・今後の労働基準法改正の議論は官邸の労働市場改革分科会と厚生労働省の労働政策審議会の両輪で進められる。
・厚生労働省の労働基準関係法制研究会でまとめられた内容は、部分的フレックスタイム制、勤務間インターバル制度義務化、連続勤務の上限規制など柔軟な働き方や労働者の健康確保に重きがおかれている。
・労働基準法改正議論の根底にあるのは、多様化する働き方と労働者の心身の健康確保をいかに両立させるかという視点。議論内容をもとに自社にとって最適な働き方を考えるきっかけに。
目次
労働基準法改正 施行はいつから?【2026年3月 最新動向】
今回の労働基準法改正は、厚生労働省が2025年1月に発表した「労働基準関係法制研究会 報告書」(※)の内容をベースに議論が進められてきました。
(※)出典:厚生労働省 「労働基準関係法制研究会」の報告書を公表します
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48220.html
2026年3月現在、見直しが検討されている内容について、以下に示す8つの分類・14のトピックに整理しました。
(※)★印は、本記事で取り上げる7つのトピックです
上記にもとづく改正案が、2026年1月の国会で提出されるとの予想もありましたが、2025年10月、高市早苗首相が厚生労働大臣に「労働時間規制の緩和」の検討を指示した影響もあり、議論を継続することになりました。そのため、現時点で具体的な施行のスケジュールは未定です。
高市首相は、2025年12月の日本成長戦略会議で以下のように発言しています。
労働市場改革については、心身の健康維持と従業者の選択を前提として、柔軟で多様な働き方を実現することが重要です。必要に応じ追加調査を実施するなど、現場のニーズを更にきめ細かく把握しながら、規制改革会議などの関係機関とも連携して、労働時間規制の運用・制度の両面から、検討を加速してください。
出典:首相官邸 令和7年12月24日 総理の一日 日本成長戦略会議
https://www.kantei.go.jp/jp/104/actions/202512/24seichyou.html
さらに、日本成長戦略会議の分科会として「労働市場改革分科会」を新設。労働基準法の改正については、これまで厚生労働省の労働基準関係法制研究会で検討してきた内容を踏まえつつも、労働市場改革分科会におけるこれからの議論も大きく影響すると考えられます。本記事においては、主に前者の内容から、企業に影響するトピックを7つ取り上げて解説します。

トピック1|部分的フレックスタイム制(テレワーク時のフレックスタイム制導入)
議論の背景
現在、出社とテレワークを組み合わせた「ハイブリッドワーク」が企業に浸透してきています。しかし現行の労働基準法では、労働時間の総枠を決める清算期間内(最長3カ月)のすべての労働日をフレックスタイム制にする必要があり、「特定の日はフレックスタイム制、特定の日は固定労働時間制」といった併用は認められていません。
固定労働時間制のもとでテレワークを行う場合、休憩時間以外の中抜けが原則認められないため、「自宅にいるのに子どもの送り迎えができない」、「通院のために半休を取らざるを得ない」といった課題があります。これを解消するため、テレワーク日など特定の日に限定してフレックスタイム制を導入できる「部分的フレックスタイム制」が検討されています。
議論のポイント
部分的フレックスタイム制で議論のポイントとなるのは、異なる労働時間制度が混在することによる「計算ルールの複雑化」です。
現行のフレックスタイム制では、期間全体の暦日数から労働時間の総枠を算出します。しかし、固定労働時間制の日とフレックスタイム制の日が混在する場合、全体の総枠の定義や計算ルールを策定する必要が出てくるでしょう。
また、割増賃金の固定労働時間制は「1日8時間・週40時間」を超えた部分に対して割増賃金を支払うことになりますが、フレックスタイム制は期間中の労働時間の総枠を超えた部分に対して割増賃金を支払います。両者が混在した際、割増賃金をどのように計算するかも決めなければなりません。
企業への影響
部分的フレックスタイム制を導入した場合、企業への影響として最も大きいのは管理コストの増加です。勤怠管理システムにおいて、日ごとに異なる集計ロジックを走らせるための設定変更や改修が必要になります。計算が複雑化することで、給与計算ミスのリスクが高まる懸念もあります。増加する管理コストに対し、自社にとって部分的フレックスタイム制のメリットがどのくらいあるのか、慎重に整理する必要がありそうです。
トピック2|勤務間インターバル制度の義務化
議論の背景
勤務間インターバル制度は、終業から翌日の始業まで一定の時間「休息時間」を設ける制度です。業務が深夜にまで及んだ場合、翌日の始業時間との間隔がほとんどなくなり、労働者が十分な休息時間を確保できない問題があります。そこで、労働者の健康を確保するために、2019年から労働時間等設定改善法で勤務間インターバル制度が努力義務化されました。しかし2024年時点で、導入率は5.7%(※)と低水準に留まっています。そのため今回の改正の議論では、労働基準法での義務化が検討されています。
(※)出典:厚生労働省 令和6年就労条件総合調査の概況
議論のポイント
議論の焦点は、「インターバル時間の長さ」と「例外の範囲」です。
労働者の健康確保のため、勤務間インターバルの義務化を進める動きが大きくなる中、人手不足で代替要員も少ない中小企業においては導入が困難ではないか、との慎重な意見もあります。仮に導入を義務化するにしても、何時間のインターバルを義務とするかが議論の焦点となります。EUではすでに11時間で義務化されていますが、必ずしもEUと足並みを揃える必要はありません。日本企業の実態に合わせてインターバル時間の長さを検討する必要があります。
また医療関係をはじめ、どうしても深夜まで残業をする必要があり、勤務間インターバル制度を完全義務化すると業務に支障をきたす業界もあります。そのため勤務間インターバルをすべての業界、すべての企業規模で一律に強制することは難しく、一部例外が認められる可能性があります。例外をどこまで認めるのか、例外に該当した場合に勤務間インターバルの代替措置として何を課すのかが今後の議論のポイントです。
企業への影響
義務化が実現した場合、最も直接的な影響を受けるのは、深夜労働や早朝勤務がある業種(飲食、運送、医療・介護など)です。
たとえば、前日の残業で退勤が深夜12時になった場合、11時間のインターバルを置くと翌日の始業は午前11時以降にする必要があります。これにより、本来の始業時間に人員が不足する事態が生じ、シフトの組み直しや増員が必要になります。できるだけ突発的な深夜残業が起きないように、業務のやり方を変えることも必要かもしれません。また突発的な深夜残業が避けられない場合、深夜残業と翌日の始業時刻変更の申請ルールをどうするか、翌日の業務をいかに回すかを考えておく必要があります。
トピック3|「つながらない権利」のガイドライン作成
議論の背景
労働者は本来、所定労働時間以外に業務に関する連絡をする義務はありません。しかし、テレワークの普及やチャットツールの浸透により、業務時間外でも場所や時間を問わず連絡が可能になったことで、心理的負荷や隠れ残業(サービス残業)が問題視されています。フランスでは法律でつながらない権利を労使間で協議することが義務とされていますが、日本ではつながらない権利に関して法的な規定がありません。そのため現在、所定労働時間外の連絡に関するルールを明確化するため、政府による「ガイドライン」の作成が検討されています。
議論のポイント
議論のポイントは、「必要な連絡の定義と連絡方法」です。
緊急事態への対応や顧客とのやり取りも含めると、業務時間外の連絡を完全に遮断することは現実的ではありません。そのため、ガイドライン策定においては、連絡の性質によって業務時間外を避けるべきものとそうでないものを決めることが重要です。また緊急度に応じて、メールなのか、電話なのかといった連絡方法についても決めなければなりません。
企業への影響
影響が大きいのは、テレワークが多い企業やフレックスタイム制で労働時間が明確に定まっていない企業です。ガイドラインの策定をきっかけに、自社で業務時間外の連絡に関するルールや、労働者からのつながらない権利の主張方法を検討する必要がでてくるかもしれません。社内ルールを決める際には、ガイドラインを参考にしつつ、自社の業務に合わせた連絡方法を検討しましょう。
トピック4|連続勤務の上限規制(14日以上の連続勤務禁止)
議論の背景
現行の労働基準法では、休日は「毎週少なくとも1回」与えることが原則ですが、特例として「4週間を通じて4日以上」の休日を与える「変形休日制」も認められています。
この特例を利用した場合、4週間の最初と最後に休日をまとめると、理論上は最大で48日間の連続勤務が可能です。
しかし、こうした長期にわたる連続勤務は労働者の健康リスクを高めかねません。そのため、4週4休を2週2休にする、または「連続勤務日数」に法的な上限を設けるといった議論がなされています。
議論のポイント
健康確保のために、連続勤務の規制が必要という意見は労使で一致しつつも、実務の柔軟性をどこまで認めるかが、議論のポイントとなっています。
労働者側は罰則付きの強力な規制を求める一方で、使用者側は、災害復旧やシステムトラブル、納期などへの対応を考慮し、「労使合意による例外規定」や「相談窓口設置などの幅広い代替措置」といった柔軟な運用を主張しています。
企業への影響
この改正が実現した場合、特にシフト制の職場や繁忙期のある現場を抱える企業に影響が及びます。
GW、お盆、年末年始に繁忙を迎える宿泊、観光業や歓送迎会の時期に繁忙を迎える飲食業など、季節性の繁忙期によって14日以上の連続勤務を余儀なくされている企業では、特に影響が大きいと考えられます。
14日以上の連続勤務にならないようにシフトを組む工夫や、人員の増加といった対応が必要になりそうです。
トピック5|法定休日の特定義務化
議論の背景
現行の労働基準法では、使用者は労働者に対して「毎週少なくとも1回」または「4週間を通じて4日以上」の休日(法定休日)を与えるという日数の規定はありますが、どの休日が法定休日かを特定する義務まではありません。 しかし、法定休日における労働については35%以上の割増率が義務付けられており、時間外労働として捉えられる法定外休日は25%以上の割増率です。法定休日が特定されていない場合、休日出勤が発生した際の割増賃金計算が曖昧になり、給与誤支給を生む可能性があります。また労働者の休息を確実に確保する観点からも、法定休日の特定義務化が検討されています。
議論のポイント
議論のポイントは「特定のタイミング」と「柔軟性の確保」です。早期の特定をルール化することで、労働者は「この日は必ず休める」という予測が早めにでき、プライベートとのバランスをとりやすくなるでしょう。一方、使用者側の都合として、人手不足や突発的な理由でやむを得ず急な出勤が必要になることもあるとして、早期特定に対して慎重な意見もあります。企業には、法定休日を確実に特定、確保しつつ、不測の事態にどう柔軟に対応するかというマネジメントが求められています。
企業への影響
特に影響が大きいのは、シフト制のような不規則な勤務により、毎週決まった曜日が休日ではない働き方がある企業です。この場合、法定休日か法定外休日かが曖昧になっていることも多く、1週間または4週間のうちどれが法定休日か、シフトを組む毎に特定する必要があるため、労務管理コストが増加します。
トピック6|企業による労働時間の情報開示
議論の背景
近年、投資家、求職者、従業員といった企業のステークホルダーに対し、人的資本の情報開示を拡大する動きが出てきています。企業が従業員の労働時間をどのように管理し、長時間労働を抑制しているかは、企業の持続可能性を測る指標になり得ます。現在は上場企業に対して、男性育休取得率、女性管理職比率、男女間賃金格差などの開示が義務化されていますが、より広い対象に詳細な労働時間データの公表を義務付けることについても検討中です。
議論のポイント
議論のポイントは、「開示項目の範囲」と「開示を義務付ける企業規模」です。「平均時間外・休日労働時間」、「有給休暇取得率」など、どのような数値を開示してもらうか、企業の事務負担も考慮したうえで議論していく必要があります。また、規模の小さい企業に対しても開示を求めるのかも検討が必要です。単なる「数字の公表」に留まらず、実効性のある改善に繋げられるような開示の在り方を模索する必要があります。
企業への影響
労働時間の情報開示が労働基準法で義務化された場合、企業はこれまで以上に数字に対する説明責任を問われます。特に人手不足が深刻な企業では、長時間労働が常態化している可能性があり、採用市場や投資市場において不利な立場に立たされることもあるでしょう。一方で、長時間労働を抑制できている企業にとっては、情報開示が採用ブランディングや投資家へのアピールとなり得ます。 企業は単に集計体制を整えるだけでなく、開示された数字をいかに改善し、対外的にポジティブなメッセージとして発信できるかを考える必要があります。
トピック7|副業・兼業者の割増賃金支払いにおける労働時間通算ルールの見直し
議論の背景
政府が副業・兼業を推進する中で、障壁となっているのが「労働時間の通算ルール」です。現行の労働基準法では、異なる事業主の下で働く場合でも労働時間を通算し、法定労働時間を超えた分については「後から契約した事業主」が割増賃金を支払う原則があります。 このルールが、副業を受け入れる企業にとって「他社での勤務時間を把握しきれない」「自社で残業させていないのに割増賃金が発生する」という事務負担を招いています。このような負担を避けるため、他社に正社員として雇用される形での副業を認めないという企業もあり、副業・兼業の拡大を目的に見直しが検討されています。
議論のポイント
議論のポイントは、「通算管理の簡素化、あるいは撤回」です。 労働者の健康確保という観点からは時間把握が必要ですが、実務上は「自己申告制の限界」が指摘されています。そのため、たとえば「一定の要件を満たせば自社分のみで計算する(通算しない)」しくみや、「健康管理は休息時間の確保(勤務間インターバル)で担保する」といった、割増賃金と健康管理を切り離すという議論もあります。
企業への影響
ルールの見直しが実現すれば、副業・兼業の受け入れが格段に容易になります。 企業は他社の勤務時間をリアルタイムで管理するプレッシャーから解放され、副業人材を柔軟に迎えられるようになります。ただし、労働時間を通算しない場合、労働者の総労働時間が過大になるリスクをどう防ぐかという「安全配慮義務」の観点で、新たな社内ガイドラインの整備が必要になるでしょう。
まとめ|労働基準法改正、自社にとって最適な働き方を考えるきっかけに
今回の労働基準法改正に向けた議論の根底にあるのは、多様化する働き方と労働者の心身の健康確保をいかに両立させるかという視点です。
部分的フレックスタイム制はワークライフバランスの向上を後押しする一方、企業はこれまで以上に緻密な労務管理を行うことになります。また、勤務間インターバル制度や連続勤務の上限規制、つながらない権利のガイドライン化といった動きは、労働者の「休息」を質・量の両面から担保しようとするものであり、人手不足に悩む企業にとっては、業務効率化や人員配置の抜本的な見直しが必要になるかもしれません。
まだ改正が決まったわけではありませんが、これらの議論の内容をもとに「自社の従業員に合った働き方とはどのようなものか」、「現在よりも改善できることはないか」と見直すきっかけにしてもよいのではないでしょうか。
法改正に備えつつ、貴社で従業員の労働環境を見直すにあたって、本記事がお役に立てば幸いです。









