戦略人事と経路依存性から考える、企業経営で成功する人事施策とは

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戦略人事と経路依存性から考える、企業経営で成功する人事施策とは

 

2020年はジョブ型雇用という言葉が飛び交いましたが、それ以前にもタレントマネジメントやエンゲージメントサーベイ、等級/評価制度の変更等、様々な人事施策について、各社で検討/実施されてきたのではないでしょうか。しかし、各社の人事部と話をすると、「人材可視化ツールを入れたが使われていない」「新しく導入した役割等級制度は形骸化している」等、想定した通りに事が運ばないケースが多いと感じます。


そこで本記事では、人事施策が有意義な結果に結びつくための方法を、戦略人事、経路依存性、アラインメントというキーワードをもとに整理します。
 

目次

人事施策の失敗例
人事施策を阻害する2つの要因
戦略人事で明確な目的設定を行う
経路依存性からの脱却が戦略人事の鍵
経路依存性から脱却するための3つのアラインメント
戦略人事を実現するための人事の役割

 

人事施策の失敗例

一般的によいとされている人事施策を実施したが効果がなかった、というケースはよくあります。

一例として

 ・事業部門長へ人材ダッシュボードを公開
 ・エンゲージメントサーベイの実施
 ・公募制度の導入
 ・役割等級制度の導入

等があげられます。

当然、それぞれ成功事例の多い人事施策ではありますが、それ以上に下記のような失敗事例も多くあります。

 ・事業部門長がダッシュボードを見ていない
 ・部署ごとのエンゲージメントの差異はわかったが、何が課題なのかわからない
 ・キャリア自律の支援を目的としたが、「今の部署が嫌だ」等の逃避的な動機が多い
 ・等級/評価は運用できているが、実態に変化が伴っていない。

それでは、どのようなときに上記のような結果になるのでしょうか。
 

人事施策を阻害する2つの要因

人事施策を阻害する要因は主に2つあります。

1つ目は、一般的に言われていることではありますが、不十分な目的設定が挙げられます。
これは前章の事例でいう、

 ・事業部門長に人材ダッシュボードを公開
 ・エンゲージメントサーベイ

等、何かを可視化する施策において多く見受けられます。


サーベイや可視化における不十分な目的の代表例は「何かの傾向をつかむ」というものです。一般的に、仮説を伴わない目的のもとで行われるサーベイや可視化は、可視化された情報の解釈が困難です。そのため、このような目的設定をする場合、傾向は何もつかめず、可視化後のアクションも一切とられないことが多くあります。(ビジネスにおいて仮説なきサーベイが実を結びがたいことは一般的であるため、ここでの議論は割愛します。)

 

2つ目は施策対象範囲の狭さです。これは前章であげた事例の中では

 ・公募制度の導入
 ・役割等級制度の導入

等、目的設定が明確で具体的なアクションに落とし込まれた人事施策に多く見受けられます。


たとえば、年功序列文化が定着し若年層のエンゲージメントが低下している企業が年功序列文化の解消のため、従来の能力等級制度から役割等級制度へ変更する事例を見てみましょう。この場合、等級/評価制度面のみを対象に制度改変とその運用を行うと、新しい役割等級制度は形骸化します。

その理由は、等級/評価制度という手法のみが変化しても、マネジメント層の「能力が高い人=これまで通り高評価をつけていた人=これからの評価でも高評価を与えるべき人」という評価慣習は変わらず、高評価/高等級の従業員はこれまで通り年功序列のままになるからです。

このように対象が狭い場合、施策の対象にしていなかった要素が障害となって、制度は変更できても変えたかった文化/慣習が変わらない、という結果になります。

 

それでは、明確な目的設定を行って施策の漏れを減らし、人事施策を成功に導くにはどうすればよいのでしょうか。これを整理するため、明確な目的設定を行うための「戦略人事」という古くからある考え方のご紹介、そして、施策対象が狭い場合に文化/慣習の本質が変わらない理由を「経路依存性」という言葉でご説明します。最後に、施策の漏れを減らすためにはどうすればよいのか、「アラインメント」という言葉を用いて整理していきます。
 

戦略人事で明確な目的設定を行う

まず、人事施策に明確な目的を持たせ、経営に寄与するものにするための方法を、「戦略人事」という古くからある考え方を用いて整理します。

戦略人事とは「経営戦略に連動した人事戦略を立案し実行すること」と定義されます。

たとえば下記の図は、戦略人事の成否はさておき、戦略人事の考え方に沿った人事戦略の考え方になっています。
 

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人事施策に目的があり、かつ経営戦略に寄与するものかを確認するためには、戦略人事の考え方を利用し、企業理念・経営戦略・人事戦略・人事施策・人事施策の実行のそれぞれがその前後と紐づいているかをチェックすることが有効です。

上の図では「新規事業立ち上げのためのポスト要件を作る」という人事施策に対する理由として、人事戦略である「新規事業立ち上げのための人材確保」が該当します。このようなチェックをすることによって、企業理念から人事施策の実現までを繋げて考えられているかがわかり、ステークホルダーへの納得性がある人事施策なのかどうかを確認することができます。
 

 経路依存性からの脱却が戦略人事の鍵

次に、施策対象が狭いことがなぜ人事施策の失敗に繋がるのかについて、組織が持つ「経路依存性」という傾向を用いてご説明します。


よい人事施策を立案するためには、戦略人事という枠に基づいて目的を明確にし、人事施策の実施まで理屈が整理されていなければなりません。しかし「実現性」という観点で最も注意すべきことは、「経路依存性」という性質です。経路依存性とは、人や組織は過去の慣習に引っ張られて物事を選択しやすいという性質を持っていることを指します。

 

たとえば、2021年5月6日、7日に、政府と東京都が新型コロナの感染状況を踏まえ、都内の人流を減らすために都内の鉄道減便を鉄道各社に要請した件を考えてみます。

行政機関は「人の流れを減らす」ために「通勤手段である鉄道本数を減らす」という施策を打ちました。しかし、5月6日の人の流れは変わらず、かえって乗車率は高くなり、7日からは多くが通常本数に戻りました。

これは、通勤していた人々がそれまでの「出社」という慣習に引っ張られ、出社したら人混みに行かざるを得ないことを想像しながらも「出社」という選択をした、という「経路依存性」を表す身近な例です。

 

人や組織の周囲には様々な既存環境が歯車のように密接に組み合わさっています。そのため、今回のように「通勤手段」という一要素を変えたとしても、その他の「勤め先の慣習」「出社して行うはずだった予定」「出社前提で組まれた家族の予定」「宣言慣れ」等、その他の歯車が影響し、「本当は出社しないほうがよい」と頭では理解していても、出社をしてしまうのです。

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このように、人や組織にはある事象を変更させようとしても、その変更対象が人や組織自体を取り巻く環境の最適な歯車となっている場合に変化を起こしにくいという「経路依存性」が存在します。

そのため、何かを変えるために施策を実施する際は、変更対象の周辺も変化させることで、経路依存性からの脱却を試みる必要があります。

この、変更対象とその周辺の環境両方の整合性をとりながら変化させていくこと、多方面へ配慮することを、戦略人事の文脈では「アラインメントを整える」「アラインする」等と表現します。
 

経路依存性から脱却するための3つのアラインメント

経路依存性から脱却するためには、どのようにアライメントを整えればよいのでしょうか。
経路依存性からの脱却、そして戦略人事を実現する際のアラインメントについて考えるべきことは複数ありますが、ここでは特に重要な「人事制度面」「心情面」「業務面」の3つの観点で整理します。

①人事制度面におけるアラインメント

まずは人事制度面におけるアラインメントとは何かについて具体的な事例を用いて説明します。下記は人事制度を考える上での各項目を体系だてて並べたものです。

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参考:『図解 人材マネジメント入門』/坪谷邦生氏

 

たとえば、新市場への参入を意図した中途採用を計画する場合を考えてみましょう。
募集職種の定義、必要人材の定義をし、その人材用の等級制度として職務制度を整えたとします。

ここで仮に「等級」のみを用意し、他制度を何も変えなかった場合、どうなるでしょうか。
人事評価方法は既存のポストと同じでよいのか、報酬はどういう基準なのか等、少なくとも上の図で矢印のひとつ先にある制度も合わせて考える必要があります。
さらに、中途で入社した従業員のキャリアプランはどうなるのでしょうか。新市場の参入が急激なビジネスが環境変化で頓挫し、中途社員の方のスキルが必要なくなった場合、その人はどうするべきなのでしょうか。
このように、人事施策を実行する際は、各人事制度のアラインメントをとる必要があります。

②心情面におけるアラインメント

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続いて心情面のアライメントとは何かについて具体的な事例を用いて説明します。
たとえば、従業員のキャリア自律心を育成するために、社員が自ら手を上げて次のキャリアに応募できるような公募制度を作ったとします。
この時、手を上げようとする従業員の心情はどうでしょうか。

 ・あの部署にトライしたいが、今の上長はどう思うだろうか
 ・来期から異動したら、今期の評価は落ちないだろうか
 ・応募して落ちたら、今の部署に居づらくならないだろうか

等、様々なことが気になるはずです。

これまで自律的なキャリア支援を行うという文化が社内で育っていない場合、それ相応の心配りと支援が必要です。

これを意識しなければ、公募で落ちた人が辞めてしまう、あるいはパフォーマンスが下がる等の影響が考えられます。それだけでなく、積極的な公募がなくなる(逃避的異動希望が残る)、公募する人がいなくなる、等といったことが起こり、制度自体が形骸化することもあり得ます。

公募制度を設計する際は、公募が通らなかった場合に元の部署にいづらくなる可能性が高いことを前提として運用設計がされるケースが多いです。このような場合は、たとえば公募希望者の所属上長には「合格したときだけ伝え、拒否権をもたせない」あるいは「合格したときだけ伝える」等の運用が取られます。

また、「引き抜き」を警戒する事業部門長に対しては「なぜ会社で公募制度が必要なのか」を丁寧に話し合う必要があります。両者納得のうえで公募制度をスタートさせなければ、結局事業部門長の協力が得られないため、制度が形骸化してしまうからです。この場合は、応募者のみならず、現場管理職の納得感を醸成するための活動が必要です。

このように、人事施策を実行する際には、様々な従業員の心情面のアラインメントをとる必要があります。

③業務面におけるアラインメント

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最後に業務面でのアラインメントとは何かについて説明します。戦略人事を実現させる、人事施策を成功させるために最も難しいことは、通常では人事業務の外にある内容についても、考慮に入れる必要があることです。

たとえば、経営戦略で新規顧客の獲得にさらに力を入れることになったとします。その際、取りうる施策として営業部門における目標管理内容の変更が考えられます。そこで、営業部門における目標管理内容に新規顧客の獲得を重視するためのKPIが設けられ、現場も決められた規則に沿って各自がKPIを設定したとします。しかし、現場が既存顧客を対象にした業務でフル稼働している場合、従業員は新規顧客獲得のために動けるでしょうか。

新規顧客の獲得という新業務には、既存顧客を対象にした業務とは異なる能力、たとえばこれまで接点の無かった方のアポイントを取る能力等が必要になります。そのため、従業員は新しい能力を習得するための負荷がかかります。目の前の業務で手一杯な状態では、まずは手をつけやすい、手を付けなくてはならない既存の業務を進める従業員が大半になることが容易に想定されるでしょう。

現場だけで解決できない場合には、人事部門も積極的に現場の業務量を減らしたり、より業務効率性があがるような仕掛け作りに参画する必要があります。

このように、変化を促すための人事施策を考える際には、現場の既存業務の見直しや新しい業務への移行可能性等、通常人事部の業務範囲ではないと思われるような現場の業務面におけるフォローも必要です。

 

戦略人事を実現するための人事の役割

ここまでで、

・人事施策には「明確な目的設定」「広い視野」が必要であり、そのためには「戦略人事」と「経路依存性からの脱却」が大事なこと
・戦略人事とは、人事施策とその上流にあるべき企業理念/経営戦略/人事戦略との間の整合性をとることで明確な目的設定を実現するための考え方のこと
・経路依存性からの脱却には、3つのアラインメントとして、制度/心情/業務面での整合性が必要なこと

を整理してきました。

これらを人事部門として実行するには、人事部門としての知見のみならず、ビジネス・現場への理解が非常に重要です。また、経営層/事業部門長/従業員と協力し、施策実現へのステークホルダーの理解を得ることも必要です。

やることが広く、かつ難易度も高いですが、一度にすべてを行う必要はないと考えます。

たとえば、現場従業員との距離感を縮めるために一部の人事メンバー(事業部人事やHRBP等)と現場従業員の面談頻度を増やしたり、仕事場所を同じにしたり、定期的に現場のMTGに出たりすることで現場の空気感を詳細に知る、ということがはじめの一歩になるでしょう。

一方で、このようなボトムアップの動きだけではなく、近年ではCHROを据え、トップダウンで人事と経営を繋げていく動きも活発です。


今後のコラムでは、戦略人事を実現するための人事が担うべき役割やその取り組み方を、HRBPやCHROという言葉に触れながら深堀りします。


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この記事を書いた人

ライター写真

奈良 和正(Nara Kazumasa)

2016年にワークスアプリケーションズ入社後、首都圏を中心に業種業界を問わず100以上の大手企業の人事システム提案を行う。現在は、入社以来継続して実践している各企業の人事部とのディスカッションと、それらを通じて得られるタレントマネジメント、戦略人事における業務実態の分析・ノウハウ提供に従事している。

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