裁量労働制とは、労働時間を労働者の裁量にゆだね、時間ではなく成果を報酬の対象とする制度です。
「働き方改革」により柔軟な働き方が求められる昨今、労働時間に縛られない自由な働き方ができる制度として注目を浴びています。
今回は、裁量労働制の概要、メリットやデメリット、他の労働制度との違い等についてご紹介します。
目次
ー裁量労働制の概要
ー裁量労働制下での残業代はどうなる?
ー裁量労働制と36協定の関係
ー裁量労働制と他の労働制度との違い
ー裁量労働制のメリットとデメリット
・裁量労働制における3つのメリット
・裁量労働制における4つのデメリット
ー【種類別】裁量労働制の種類と適用される職種
ー【種類別】裁量労働制の導入手続き
ー裁量労働制の導入時は、労使双方へのメリット・デメリットを考慮し検討を
裁量労働制の概要
この章では、裁量労働制がどのような労働制度であるか、わかりやすく解説します。
裁量労働制とは
裁量労働制とは、実際の労働時間ではなく、労使間で合意のうえで定めた時間を労働時間とみなす労働制度です。労働時間の代わりに「成果」を報酬の対象とすることで、時間に縛られない働き方を実現するために作られました。
業務の遂行手段や時間配分等について、使用者が具体的な指示をせずに労働者の裁量に任せることから、この名前がつきました。
「みなし労働時間」とは
裁量労働制における「みなし労働時間」とは、働いたとみなされる時間です。みなし労働時間を8時間と定めた場合は、実際の労働時間が6時間であっても、みなし労働時間の8時間働いたとして扱います。
みなし労働時間の定め方については、法令で明確な水準が規定されていません。しかし、割増賃金を節約するためにみなし労働時間を短く設定することは、制度の趣旨に反しています。
労使間の合意を決議する際は、適切な水準となるよう、労使委員会の委員が使用者側から評価制度や賃金制度について説明を十分に受ける必要があります。
※参考:東京労働局「『企画業務型裁量労働制』の適正な導入のために」
裁量労働制下での残業代はどうなる?
裁量労働制では、1日の実労働時間が8時間以上でもみなし労働時間分だけ働いたことになるため、原則として残業代は発生しません。ただし、以下の場合は例外的に裁量労働制でも残業代を支払うことがあります。
・みなし労働時間が法定労働時間の上限を超えたとき
・深夜労働や休日労働をしたとき
裁量労働制と36協定の関係
裁量労働制の導入にあたっては、裁量労働制と労働基準法第36条「時間外および休日の労働」(通称「36協定」)の関係を理解する必要があります。
ここでは、裁量労働制と36協定の関係について解説します。
36協定とは
労働基準法では、法定労働時間を1日8時間・1週間40時間以内と定めており、36協定は、この法定労働時間を超えて働くために必要な協定です。
「労働者の過半数で組織する労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」と事業主の間で、書面にてその旨を取り決め、労働基準監督署に届出を提出しなければなりません。
参考:厚生労働省「 36(サブロク)協定とは」「36協定を締結する際には」
36協定の締結が必要なケースは?
36協定で定める時間外労働にも上限があります。
1日8時間以上のみなし労働時間があると36協定の締結が必要です。
納期のひっ迫、機械のトラブル等の特別な事情がない限り、月45時間・年360時間を超えることはできません。また臨時的で特別な事情があっても、年間720時間、複数月平均80時間以内、月100時間未満を超えてはいけません。
もし、違反して違法な時間外労働をさせてしまった際は罰則が科されます。
※参考:厚生労働省「36協定で定める時間外労働及び休日労働 について留意すべき事項に関する指針」
裁量労働制と他の労働制度との違い
裁量労働制と似ている労働制度として「フレックスタイム制度」や「変形労働時間制」等があります。
フレックスタイム制度との違い
フレックスタイム制度では、1日の労働時間と就業必須の時間帯(コアタイム)が決められています。
たとえば、1日の労働時間を8時間、コアタイムを12時〜17時に設定したとします。フレックスタイム制の職場では、コアタイムに会社で就業し1日の労働時間を守っていれば、何時に出社し何時に退社しても構いません。
裁量労働制の場合は、1日の労働時間の制約がなく、みなし労働時間を働いたこととします。
事業場外みなし労働時間制との違い
事業場外みなし労働時間制は、事業場外の労働について「特定の時間」を働いたとみなす制度です。労働者が業務のすべてまたは一部を事業場外で行うため、使用者の指揮監督が届かず労働時間の算定が難しい業務を対象としています。
たとえば、外回りや出張が多い営業職や旅行会社の添乗員等の職種に適用されます。
事業場外みなし労働時間制と裁量労働制は、同じ「みなし労働時間制」です。ですが、事業場外みなし労働時間制は、指揮監督が届かない事業場外の業務が対象であるのに対し、裁量労働制は適用できる職種に制限があります。
高度プロフェッショナル制度との違い
高度プロフェッショナル制度とは、労働基準法に定められた割増賃金に関する規定を適用しない制度です。高度の専門的知識を有し、職務の範囲が明確で一定の年収(1,075万円以上)要件を満たす労働者が対象とされます。
裁量労働制において、みなし時間以上の労働には残業代、休日・深夜労働には割増賃金を支払いますが、高度プロフェッショナル制度ではそれらを支払いません。
高度プロフェッショナル制度と裁量労働制は、年収の要件があるかどうかで異なります。
変形労働時間制との違い
変形労働時間制とは、1か月や1年単位で労働時間を平均・調整することで、法定労働時間を超えて労働できるようにする制度です。
たとえば、1か月の労働時間を160時間(8時間×20日)とした場合「月はじめの忙しい時期は1日10時間働き、月終わりの閑散期は1日6時間だけ働く」のような柔軟な働き方ができます。
変形労働時間制では法定労働時間の総枠が1か月または1年ごとに定められており、総枠を超えた分には残業代を支払いますが、裁量労働制にはありません。
裁量労働制のメリットとデメリット
ここからは裁量労働制のメリットとデメリットをご紹介します。
裁量労働制における3つのメリット
裁量労働制は大きく分けて3つメリットがあります。
①人件費を管理しやすい
裁量労働制の1つ目のメリットは、人件費を管理しやすい点です。
裁量労働制を導入すれば、原則として時間外労働による残業代は発生せず、みなし労働時間で人件費を計算するため、人件費を予測・管理しやすくなります。ただし、休日労働や深夜労働には残業代を支払う必要があります。
②優秀な人材が集まりやすくなる
裁量労働制の2つ目のメリットは、労働者の能力に応じた自由な働き方ができるため、効率よく仕事し成果を上げられる優秀な人材が集まりやすい点です。
労働者は、自身の裁量で働く時間を短縮できる可能性があるため、労働者・企業側間でWin-Winの関係を築けます。
③生産性向上に繋がる
裁量労働制の3つ目のメリットは、労働時間に縛られることなく自分のペースで働けるため、従業員のモチベーションや生産性の向上に繋がる点です。
仕事を早く終わらせても給料は減らずに勤務時間を短縮でき、長時間働いても残業代が出ません。そのため、労働者の生産性向上が期待できます。
裁量労働制における4つのデメリット
適切な制度の施行のためには、メリットだけでなくデメリットについても理解することが大切です。ここでは、裁量労働制の4つのデメリットを紹介します。
①導入に工数がかかる
裁量労働制は、制度導入に時間と労力がかかります。導入方法は裁量労働制の種類によって異なりますが、「労使協定を締結する」「労使委員会を設置し議決を得る」「決議を労働基準監督署へ届け出る」等、労使間で詳細な取り決めをしなければなりません。
制度導入までのコストが大きいことはデメリットではありますが、制度を適切に施行するためには必要な手続きです。
②長時間労働を助長させる恐れがある
もともと長時間労働が常在している職場では、さらに長時間労働を助長させてしまう可能性があります。
長期における長時間労働は過労・労働災害を引き起こすため、企業にとってリスクがあります。不当な長時間労働にならないように、使用者は従業員の労働時間の把握や健康管理をしなくてはなりません。
必要に応じて十分な福利厚生や休暇制度を設けましょう。
③人事評価制度を再構築する必要がある
裁量労働制は、成果を評価対象とする制度です。そのため、労働時間や業務態度等を評価する今までの評価制度とは馴染まない可能性があり、人事評価制度を新たに再構築する必要があります。
成果だけでなく業務過程も評価制度に盛り込む等、従業員も納得のいく人事評価制度に作り替え、組織に浸透させる工夫をしましょう。
④妊産婦・育児・介護労働者には配慮が必要
裁量労働制では、妊産婦や育児・介護を行う労働者に対しての制度適用がふさわしいか確認する必要があります。
妊産婦については本人が請求した場合、法定労働時間を超えての労働や時間外労働、休日・深夜労働をさせられません。また労働時間をみなすことによって、法定労働時間以内に収めることも認められていません。
そのため、1日の実際の労働時間が法定労働時間を超えないように、十分に配慮する必要があります。育児・介護を行う労働者についても基本的に同様の扱いです。
【種類別】裁量労働制の種類と適用される職種
裁量労働制はどの業務にも適用できる制度ではありません。裁量労働制が適用される業務は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2つに分けられます。
それぞれに対象業務が異なるため、導入する際は対象となるかを確認しておきましょう。
①専門業務型裁量労働制|専門性の高い分野やクリエイティブな仕事
専門業務型裁量労働制とは、研究職や開発職等の専門性の高い業務やクリエイティブな業務、公認会計士や弁護士等の士業と呼ばれる業務に対して適用できる裁量労働制です。
専門業務型裁量労働制の対象業務は以下の19種類です。
- 新商品・新技術の研究開発、人文・自然科学に関係する研究業務
- 情報処理システムの分析・設計業務
- 新聞・出版・放送事業における記事の取材・編集業務
- 衣服・室内装飾・工業製品・広告等における新たなデザインの考案業務
- 放送番組・映画等の制作事業のプロデューサー・ディレクター業務
- コピーライター業務
- システムコンサルタント業務
- インテリアコーディネーター業務
- ゲーム用ソフトウェア創作業務
- 証券アナリスト業務
- 金融工学等の知識を用いる金融商品の開発業務
- 学校教育法に規定する大学における教授研究業務
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士、二級建築士、木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
※参考:厚生労働省「専門業務型裁量労働制」「専門業務型裁量労働制(PDF)」
②企画業務型裁量労働制|企画・立案・調査・分析等
企画業務型裁量労働制は、事業運営において、重要な決定がなされる企業の本社の企画・立案・調査・分析等の業務を対象とした裁量労働制です。専門業務型裁量労働制のように対象業務が明確に限定されているわけではありません。
ただし、導入できる事業所は「対象業務が存在する事業場」に限られています。「対象業務が存在する事業場」には、以下の事業場が該当します。
- 本社・本店である事業場
- 1のほか、次のいずれかの事業場
(1)当該事業場の属する企業等に関係する事業の運営に大きな影響を与える決定がなわれる事業場
(2)本社・本店である事業場からの具体的な指示を受けることなく、当該事業場に関係する事業の運営に大きな影響を与える営業計画や事業計画を、独自に決定・実行する支社・支店等である事業場
※引用:厚生労働省「企画業務型裁量労働制」
【種類別】裁量労働制の導入手続き
裁量労働制の導入手続きの方法は、種類によって異なります。それぞれの導入方法について紹介します。
①専門業務型裁量労働制の導入方法
専門業務型裁量労働制を導入するには、次の2つの手順を踏みます。
- 事業場の過半数労働組合、または過半数代表者と労使協定を締結する
- 必要事項を記した様式第13号を所轄労働基準監督署長に届け出る
必要事項は以下の7項目です。
- 制度の対象業務
- 対象となる業務遂行の手段や方法・時間配分等に関し、労働者に具体的な指示を出さないこと
- 労働時間としてみなす時間
- 労働時間の状況に応じて健康・福祉を維持するための措置の具体的内容
- 労働者からの苦情処理に対する措置の具体的内容
- 協定の有効期間(※3年以内が望ましい。)
- 4及び5に関して、労働者ごとにとった措置の記録を協定の有効期間、またはその期間満了後3年間保存すること
※引用:厚生労働省「専門業務型裁量労働制」
②企画業務型裁量労働制の導入方法
企画業務型裁量労働制の導入は以下の手順で進めます。
- 労使委員会の設置
- 労働者側・使用者側それぞれにおける代表委員を選出
- 労使委員会の運営ルールを定める
- 労使委員会で以下の8項目について、労使委員会の5分の4以上による決議を得る
- ①対象業務の具体的な範囲
- ②対象労働者の具体的な範囲
- ③労働したものとみなす時間
- ④労働者の勤務状況に応じた健康及び福祉を保持するための措置の具体的内容
- ⑤苦情処理のため措置の具体的内容
- ⑥制度の適用について、労働者本人の同意を得ること、また、不同意の労働者に対し不利益な取り扱いをしないこと
- ⑦決議の有効期間(3年以内がよい)
- ⑧制度実施状況に関する記録を保存(決議の有効期間、また、その満了後3年間)
※参考:厚生労働省「企画業務型裁量労働制」
裁量労働制の導入時は、労使双方へのメリット・デメリットを考慮し検討を
裁量労働制は残業代が出ない、長時間労働を助長させる等、デメリットが目立つ労働制度のように見えます。しかし、適切に使用すれば、労働時間に縛られずに成果を高められる制度です。
裁量労働制の導入を検討する際は、労働者と使用者の双方にメリットがあるように、しっかりと話し合うことが大切です。