退職金は、企業の従業員が退職する際に支給される金銭等のことです。
退職金の有無や金額、支給方法は各社独自に決定されるため、企業によって異なる一方、税金に関する計算や手続きは国の決まりがあります。そのため、企業の人事・労務担当の方は、税金の計算方法や各種手続き方法等について理解を深めておくことが重要です。
この記事では、退職金制度の概要をはじめ、支給金額の相場、退職金にかかる税金の計算方法等について解説します。
目次
ー 退職金制度とは?
ー 退職金の支給に関する手続き
ー 退職金の種類3つ
ー 【パターン別】退職金の相場
ー 退職金にかかる税金の計算方法
ー 退職金制度を導入するメリット3つ
ー 退職金制度を導入するデメリット3つ
退職金制度とは?
退職金制度とは、企業が退職者に対して金銭等を支給する制度です。制度の導入は法律で定められていないため、支給の有無や金額は企業によって異なります。
一般的に、退職金は定年退職の際に支給するイメージがありますが、会社都合や自己都合による退職、死亡による退職等も対象となることがあります。
企業が退職金制度を導入する目的は様々ですが、主に以下のようなものがあります。
・従業員のモチベーションを高めて勤続年数を向上させる
・優秀な人材の採用を促進する
・退職後の従業員の生活を支える
・従業員の功労をねぎらう
退職金を支給する際はまとまった金額を動かすことが多いため、定年退職のように同時期に従業員が複数名退職する場合には、財務への影響に注意が必要です。
退職金の支給に関する手続き
退職金を支給するためには、様々な手続きが必要です。ここからは、企業が退職金を支給する際の手続きについて解説します。
従業員:「退職所得の受給に関する申告書」の提出
「退職所得の受給に関する申告書」(以下、申告書)は退職所得控除に必要な書類です。退職金は給与や賞与と同じように所得税が課税されます。この申告書は、退職金にかかる所得税を源泉徴収するために、退職者が支払者(企業)に提出します。
申告書は企業で保管され、税務署に提出する必要はありません。従業員がこの申告書を提出しない場合には、退職金の金額に対して20.42%で源泉徴収が行われることになります。
出典:国税庁『[手続名]退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)』
企業:「退職所得の源泉徴収票(特別徴収票を含む)」と「法定調書合計表」の作成
こちらは、従業員が退職する際に企業が作成しなければならない書類です。退職金にかかる税金について、企業は以下2つの書類を作成します。
・退職所得の源泉徴収票等(特別徴収票を含む)
・法定調書合計表
退職所得の源泉徴収票等(特別徴収票を含む)
「退職所得の源泉徴収票等(特別徴収票を含む)」は、退職金の支給金額や源泉徴収した所得金額等を記載したもので、企業は退職金を支払うすべての従業員に対して作成・交付する必要があります。
退職金の受給者が役員である場合は、受給者本人のほかに税務署や市区町村への提出が必要です。
法定調書合計表
法定調書合計表は、その年に支払った給与や報酬等を報告するもので、企業が作成し所轄の税務署に提出します。退職金に関する記入欄に、役員を含めた従業員全体の退職金総額や源泉税を記入することが必要です。
なお、従業員の死亡によって退職金を支払うケースでは、「退職所得の源泉徴収票」ではなく、「退職手当等受給者別支払調書」を税務署に提出することとなります(支払額が100万円を超える場合のみ)。
退職金の種類3つ
退職金は、主に退職一時金・退職金年金・退職金共済の3種類にわけられ、それぞれ制度のしくみや支払いケース等が異なります。ここからは、それぞれの特長について解説します。
①退職一時金
退職一時金とは、従業員が退職する際に退職金を全額支払う制度です。
支給する退職金については、従業員の就業期間中に原資を積み立てます。原資の積み立て方法には、「社内積立型(社内準備型)」と「社外積立型(社外準備型)」の2つのパターンがあります。
社内積立型(社内準備型)
社内積立型は、企業内で退職金を積み立てる方法です。企業によってルールが異なり、支給条件は自由に設定できますが、就業規則には計算方法や支払い方法、退職金を支払う従業員の範囲等を定めた退職金に関する規程を設ける必要があります。
社外積立型(社外準備型)
社外積立型とは、退職金の共済制度を活用して、企業が毎月掛金を積み立てる方法です。掛金の管理がしやすくなる、掛金が課税されない等の特長があります。
②退職金年金
退職金年金とは、分割した金額を一定期間にわたって支給する制度です。退職金年金は「確定給付年金(DB)」「確定拠出年金(DC)」の2種類にわけられます。
確定給付年金(DB)
確定給付年金とは、退職年金額をあらかじめ決めておき、年金額の掛金を会社が従業員から拠出し、運用する制度です。運用成果が決めておいた支給額に満たない場合は、不足分を企業が補填しなければなりません。
最終的な受給金額の見込みがわかりやすいため、従業員にとっては生活設計を立てやすいメリットがあります。
確定拠出年金(DC)
確定拠出年金とは、企業が掛金を拠出して、従業員個人の年金口座に積み立てる制度です。運用する金融商品の選択と運用自体は従業員が行い、運用成績によって受け取れる退職金の金額が変動します。
掛金の拠出には、マッチング拠出という方法をとる場合があります。これは企業が拠出する掛金に、加入者個人の拠出を組み合わせる方法です。加入者が拠出した分は全額、所得控除の対象となるため、所得税・住民税の負担が軽くなります。
③退職金共済
退職金共済(中小企業退職金共済制度)とは、独立行政法人 勤労者退職金共済機構が運営する退職金制度です。
企業が退職金共済に加入して、金融機関に毎月の掛金を納付し、共済への加入時や掛金を増額する際には、一部を国に助成してもらえる制度もあります。社外積立型となるため、掛金は非課税です。
支給方法は、「一部分割払い」と「全額分割払い」の2つのパターンがあり、退職金の金額によって年数・回数・分割支給率が異なります。
また、従業員ごとに掛金を自由に選択でき、加入後の増額も可能です。退職金は、企業を通さず直接従業員に支払われるため、退職金を支払う際の手続きも削減できます。
出典:厚生労働省『中小企業退職金共済制度(中退共制度)』『一般の中小企業退職金共済制度のしくみ』
【パターン別】退職金の相場
退職金の相場は、自己都合退職か会社都合退職によって変わります。
自己都合退職とは、キャリアアップや結婚、転居など、個人の希望による退職を指します。会社都合退職は、一般的な定年退職を含め、業績不振のための解雇や倒産による退職のことです。ここからは、それぞれの退職金の相場を紹介します。
自己都合退職の場合
自己都合退職の場合、退職金制度がない企業もあります。また、規則や従業員の勤続年数によって、退職金の金額が異なります。
e-statのデータによると、2021年における自己都合退職者の退職金は平均447.3万円です。大学卒の退職者の勤続年数別でみると、3年で32.3万円、5年で59.4万円、10年で179.9万円となっています。
出典:e-stat政府統計の総合窓口『賃金事情等総合調査 / 令和3年賃金事情等総合調査 令和3年退職金、年金及び定年制事情調査』
会社都合退職の場合
会社都合退職の退職金の相場は、自己都合退職に比べて多い傾向にあります。以下データの会社都合退職には、一般的な定年退職が含まれるほか、早期優遇退職も対象です。
e-statのデータによると、2021年における会社都合退職者の退職金は平均1197.2万円です。前述した自己都合退職よりも、749.9万円も多く支払われています。
業種別にデータを見ると、自動車製造業においては自己都合退職が平均142.1万円であるのに対し、会社都合退職金は平均2366万円です。銀行や保険業の場合は、自己都合退職が平均118.9万円であるのに対して、会社都合退職は平均1441万円となっています。
平均金額は業種によって異なりますが、会社都合退職と自己都合退職では退職金額に大きな差が見られます。
出典:e-stat政府統計の総合窓口『賃金事情等総合調査 / 令和3年賃金事情等総合調査 令和3年退職金、年金及び定年制事情調査』
退職金にかかる税金の計算方法
退職金には、所得税と住民税がかかります。ここからは、退職金の支給方法によって異なる税金の算出方法について解説します。
退職一時金として受け取った場合
退職一時金は、多くの企業が取り入れている一般的な制度です。退職一時金から控除される所得税と住民税の金額は、課税退職所得額に各税率を乗じて計算されます。
①退職所得控除額を求める
退職所得控除額の計算方法は、勤続年数が20年を超えるかどうかで変わります。
▼退職所得控除額の計算式
(1)勤続年数が20年以下
40万×【勤続年数(80万円未満は控除額は80万円)】
(2)勤続年数が20年超
70万×(【勤続年数】-20年)+800万
②課税退職所得額を求める
課税の対象となる金額を求めます。課税対象額が各種税額算出の基準となります。
▼課税退職所得額の計算式
【課税退職所得額】=(【退職一時金額】-【退職所得控除額】)×1/2
③所得税額を求める
対象年度の所得税額表をもとに所得税額を求めます。
▼所得税額の計算式
【所得税額】=【課税退職所得額】×【所得税率】-【控除額】
令和4年分の所得税額表は以下の通りです。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円 から 1,949,000円まで | 5% | 0円 |
1,950,000円 から 3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
3,300,000円 から 6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
6,950,000円 から 8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
9,000,000円 から 17,999,000円まで | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円 から 39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円 以上 | 45% | 4,796,000円 |
参考:国税庁『退職金と税』
④住民税額を求める
所得税額に住民税率10%を乗じて住民税額を求めます。
▼住民税額の計算式
【住民税額】=【所得税額】×【住民税率10%(一律)】
参考:国税庁『No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)』
退職金年金として受け取った場合
退職金を年金として分割で受け取る場合、毎年受け取る金額が公的年金等控除を超えるときは「雑所得」に該当し、課税対象となります。
①雑所得額を求める
雑所得の金額は、受け取る人の年齢や公的年金の金額、公的年金以外の所得金額で変わります。国税庁のホームページから、対象年度の「公的年金等にかかる雑所得の速算表」を確認することが可能です。
▼雑所得額の計算式
【雑所得額】=【年金額】-【公的年金控除額】
参考:国税庁『No.1600 公的年金等の課税関係』
②所得税額を求める
対象年度の所得税額表をもとに所得税額を求めます。所得税率は、退職一時金として受け取った場合と同じです。
▼所得税額の計算式
【所得税額】=【雑所得額】×【所得税率】-【控除額】
参考:国税庁『退職金と税』
退職金制度を導入するメリット3つ
退職金制度を導入すると、タレントマネジメントや税制の面で様々なメリットが生まれます。本章では、退職金制度を導入するメリットを3つ紹介します。
優秀な人材の獲得
退職金制度の導入は、優秀な人材の獲得に役立ちます。
退職金制度を導入するには資源の準備が欠かせません。退職金制度を導入することで、求職者に対して企業経営が安定しているというアピールができます。
さらに、退職金制度があることを条件に就職活動や転職活動をしている人もいます。求人票や求人サイトに退職金制度の有無について記載できれば、採用の強化につながり、優秀な人材を確保できる可能性があるでしょう。
従業員のエンゲージメント向上
退職金制度は、基本的に勤続年数が長ければ長くなるほど、支給する金額が高くなるしくみです。従業員にとっても、より多くの退職金を受け取るために、できる限り長く勤続しようというモチベーションに繋がります。
また、長く働く従業員のなかには、自身のスキルアップや給与などを考えて転職を考える人もいるでしょう。その際に退職金制度があれば、人材の流出防止にも役立ちます。従業員のモチベーション・エンゲージメント向上や人材の定着化は、業績アップにも繋がると考えられます。
税金対策
退職金は税制面で有利な制度であるため、退職金制度の有無は企業の財政にも影響します。
給与や賞与には税金が大きくかかってしまいますが、退職金として支給する場合には、掛金が非課税になったり、税金の一部が控除されたりするケースがあります。
退職金制度を取り入れるには原資が多く必要になりますが、長い目でみると財務にも大きなメリットが生まれます。
退職金制度を導入するデメリット3つ
退職金制度の導入には、デメリットもあります。本章では、退職金制度を導入することで考えられる3つのリスクについて解説します。
会社の経営に大きな影響を与える場合がある
退職金を支給する際は、一度に支払う額が大きいため財政に大きな影響を与える可能性があるでしょう。退職金制度が導入されている企業では、業績が芳しくない場合であっても、従業員が退職する際には退職金を支払わなければ契約違反として扱われてしまいます。
また、定年退職ではなく、中途退職の申し出があり、急な出費が発生することもあります。退職金制度を取り入れる際は、毎月の積立を行う等して原資の確保をしておくことが重要です。
制度の認知度がなければ効果が得られない
退職金制度を導入し十分なメリットを得るためには、自社の制度をターゲットに周知しておく必要があります。
退職金制度のメリットには、従業員のモチベーションアップや優秀な人材の確保等がありますが、退職金がいつどれだけもらえるかが明確でなければ、従業員や求職者に魅力を感じてもらえません。
退職金制度を導入する際は、規程を詳細に定めたうえで、周知方法もしっかり検討しておくことが重要です。
制度の取りやめが困難である
退職金制度の導入後は、資金繰りの悪化や不況を理由に取りやめることはできません。一度制度を取り入れたら、退職する従業員には、必ず退職金を支払う必要があります。
退職金制度の取りやめは、労働契約法の「労働条件の不利益変更」に該当するとされ、原則従業員や労働組合等の合意を得なければ、労働条件を変更することはできません。将来の資金繰りを見越したうえで慎重に検討しましょう。
自社に合ったしくみの構築で、メリットある退職金制度に
退職金制度の有無や支給方法は、法律による定めはなく、企業の判断に委ねられています。どのような制度を取り入れるのかによって、支給金額や支給方法が異なるため、しくみやメリット・デメリットを踏まえて、企業や従業員に合った方法を検討しましょう。