「キャリアの停滞」や「静かな退職」はなぜ起きる?(後編)|従業員の定着と自律を支えるAI

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「キャリアの停滞」や「静かな退職」はなぜ起きる?(後編)|従業員の定着と自律を支えるAI

社内公募、リスキリング、副業・兼業の解禁——。
企業のキャリア支援施策は、この数年で大きく前進しました。

しかし現場部門では、「制度は整っているのに活用されない」「キャリアへの意欲が静かに下がっている」という声も少なくありません。

なぜ、制度があっても従業員の行動に結びつかないのか。
その背景には、制度と行動の間にある「見えない壁」の存在があります。

この「見えない壁」とは、キャリアの方向性が描けない、相談相手がいない、心理的エネルギーが不足しているなど、行動に移る前段階での「心の準備」が整わない状態を指します。

制度そのものではなく、こうした心の準備不足こそが、従業員の行動を阻み、「キャリアの停滞」や「静かな退職」に繋がる要因となっているのです。


前編ではこの壁の構造を整理し、中編ではAさんのケースを通じて、AI が「前段の整理」をどのように支えうるかを紹介しました。

後編となる本稿では、こうした「見えない壁」に対して組織がどのようにAIを活用すべきか、従業員向けAI導入の注意点・導入ポイントを整理します。

1分サマリ

・制度があっても行動につながらない背景には、方向性の不明確さ・相談不足・心理的エネルギーの欠如といった「見えない壁」がある。

・AIは人の代替ではなく、「中立で安全な壁打ち相手」として内面整理を支える技術であり、行動の再起動に必要な“前段の準備”を整える役割を担う。

・導入にあたっては、①データの扱い、②監視への誤解対策、③任意性の確保、④既存の伴走(1on1・HRBP)との役割分担という4点が不可欠。誤設計は不信感につながり逆効果になる。

・組織浸透の鍵は、小さく試し、安心を積み上げる導入プロセス。利用者の声を中心に改善しながら展開することで自然な定着が生まれる。

・AIが整えるのは“土台”。従業員が動ける状態を取り戻すことが、キャリアの自律と定着を両立させ、「静かな退職」を防ぐ新しいキャリア支援の形となる。

従業員向けAI導入の注意点

中編では、Aさんのケースを通して、AIが内面の整理を支えることで行動の再開につながる可能性を見てきました。

一方で、このようなセンシティブな領域にAIを取り入れる際には、適切な設計や運用ルールが整っていなければ逆効果になるという難しさがあります。特に従業員の感情や迷いに触れる領域では、扱い方を誤ると心理的安全性が損なわれ、利用が進まないどころか不信につながるリスクも。

そこで本稿では、導入前に必ず押さえておきたい4つのポイントを整理します。

①プライバシーとデータを慎重に扱う

個人の感情や思考に触れる情報は極めてセンシティブです。そのため、入力内容は管理者・上司・人事からは閲覧されず、人事評価や異動判断には一切用いられないことを明確にする必要があります。

データは個人を特定できない匿名・集計レベルで扱い、保存の有無も本人が選択できる設計が望ましいです。「裏側で見られているかもしれない」という疑念を生まないことが、抵抗なく受け入れてもらうための前提条件です。

②「監視ツール」に誤解されない説明をする

入力内容がチェックされる不安は、活用を大きく阻害します。従業員に安心して利用してもらうためには、目的が「管理」ではなく「支援」であることを一貫して示すコミュニケーション設計が重要です。

名称やUIによって監視の印象を与えない工夫に加え、利用内容は共有されないこと、評価には一切関係しないことを明確に伝えることで、心理的安全性が保たれ、自然な利用が促されます。

③利用の「任意性」を守る

AI活用を義務にしたり、利用状況を評価の材料にしたりすると、従業員は本音では相談しづらくなり、かえって内面整理という本来の目的が果たせなくなります。キャリアに迷うタイミングも、心理的負荷の感じ方も人によって異なるからこそ、「使いたい人が、使いたいときに使える」ことが最も重要です。

また、利用の有無が周囲に分からず、促されることも、不利益が生じることもない設計にすることで、従業員は安心してアクセスできます。

この 「任意性」と「匿名性」 が確保されてこそ、AIが本来持つ「中立で安全な壁打ち相手」という価値が発揮されます。

④組織文化との整合性を図る

1on1、HRBP、相談窓口との役割分担を明確にすることが重要です。AIが担うのは、モヤモヤの整理や状況の棚卸し、1on1で話す内容の準備といった「伴走の前段」であり、その先の、期待値調整・配置判断・継続的支援といった人にしかできない領域は、上司や人事が担う役割です。

人をAIに置き換えるのではなく、これまで手が届きにくかった部分を補完する存在として設計することで、自然で健全な活用が進みます。

従業員向けAIは、機能だけではなく扱い方が鍵になります。安心して使える環境が整ってこそ、内面整理の支援として最大限に活きるのです。


では、実際の導入はどのように進めるべきでしょうか。次項では、従業員向けAI導入における5つのポイントを紹介します。

従業員向けAI導入のポイント

従業員向けAIの導入を効果的に進めるには、小さく始め、安心を積み上げる方法が有効です。まずは限定的な範囲で試し、利用者の実感を確かめながら、組織としての理解と納得を育てていくことが、定着と継続のために欠かせません。

以下の5つのポイントは、現場に負担をかけず、自然な形で導入を進められるプロセスです。

①希望者に限定したパイロット導入

まずは利用を希望する従業員を対象に、任意でスタートします。関心のある人から始めることで負荷をかけずに始められ、「強制ではない」という姿勢を示せます。最初から全社展開を目指さず、従業員の反応を確かめながら進めることが重要です。

②実感と不安のヒアリング

パイロット利用後は、利用率といった数字を見るよりも、どこに心理的障壁があるのかを把握する必要があります。そのためにも、利用者が必要なタイミングで感想や不安点を伝えられる、任意・匿名・短時間回答のフォームやチャット窓口を用意するのがよいでしょう。

人事や上司に直接伝えなくてもよいしくみにすることで、安全性を損なうことなく、「どう感じたか」「どこに不安や誤解があったか」「安心に繋がった点は何か」といった示唆を収集できます。こうした自発的なフィードバックは、次の改善に必要な材料を得るうえでも効果的です。

③データガイドライン策定

従業員向けAIを継続的に運用するためには、データの扱いに関するルールを明確にすることが欠かせません。具体的には、「誰がどの範囲までアクセスできるのか」「何に使わないのか」「保存期間と取り扱いはどうするのか」を文書化します。

これは内部統制のためだけでなく、従業員の不安を取り除き、安心して利用できる状態をつくるための措置でもあります。ガイドラインは専門的すぎる表現ではなく、従業員にも理解できる内容とし、説明資料やFAQにも転用できるようにしておくことで、導入後のコミュニケーションにも活かせます。

④1on1の質を高めるための活用設計

AIは1on1を置き換えるものではなく、対話の準備を整える役割として活用します。従業員がAIで気持ちや考えを整理したうえで1on1に臨むことで、報告中心の会話が、期待値のすり合わせや相談の場へと自然に変化します。

管理職に新しい業務を求めないため、現場への負担も生じません。結果として、限られた時間でも建設的な対話がしやすくなり、支援の質が高まります。

⑤展開判断とコミュニケーション

ツールをより広い範囲に展開する場合は、数値ではなく利用者の声を中心に共有します。どのような安心を得られたか、どのような場面で役に立ったのかといった具体的な実感を言語化し、「現場に必要とされたから広げた」という形にすることが、もっとも自然な定着に繋がります。

従業員向けAIは、すぐに劇的な変化を生むものではありません。しかし、不安を減らし、迷いをほどき、対話を促す小さな積み重ねが、従業員の健全なキャリア形成と前向きな変化の土台になっていきます。

自律と定着を両立させる新しい支援の形

従業員向けAIは、人事や上司だけでは支えきれなかった領域に寄り添い、考えや迷いを整理する手助けをします。

安心して思考を言葉にできる環境が整うことで、従業員は自分の選択に納得感をもち、ミスマッチや「静かな退職」を防ぎやすくなります。

従業員が自分らしいキャリアを描けるよう、内面の整理を支える存在としてAIを活用すること——それは、「自律」と「定着」の両方を実現するための新しいキャリア支援の形と言えるでしょう。

製品紹介:
はたらく個人に寄り添うアプリ「COMPANY Me」

「COMPANY Me」 は、従業員一人ひとりのキャリアに寄り添うAI搭載のアプリです。

「キャリアの停滞」や「静かな退職」の背景にある「制度はあるのに踏み出せない」「相談したいけれど話せない」といった「見えない壁」に対して、中立な対話相手として個人の気づきと行動を支えます。

「COMPANY Me」が担うのは、判断や決断ではなく、モヤモヤを整理し、言葉にし、行動に向けた準備を整える「前段の支援」。

人だけでは届きづらかった領域を補完することで、上司や人事との対話を前向きなものへと変えていきます。さらに「COMPANY Me」は、内面整理だけでなく、日々の学び・経験・強み・目標を一元的に管理し、中長期キャリアの設計まで支える 「キャリアの伴走者」として設計されています。
 

「COMPANY Me」が支援する領域
    •    自分の強み・価値観・経験の棚卸し
    •    上司との1on1に向けた思考整理と質の向上
    •    中長期のキャリアの方向性づくり
    •    学習・スキル・目標管理のサポート
    •    企業制度や機会への自然な接続


AIが前段の準備を整え、従業員が再び動ける状態を取り戻す——。
その積み重ねが、個人と企業の成長を同時に実現する新しいキャリア支援を可能にします。

▶︎ COMPANY Me 詳細はこちら
個人利用者向け https://www.companyme.works-hi.co.jp
法人利用者向け https://www.ctm.works-hi.co.jp/function/companyme

 

この記事を書いた人

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角川 亜由美(Tsunokawa Ayumi)

広報として、人事領域のトピックや制度運用に関する情報発信を担当し、記事企画やメディア対応を通じて得た経験を蓄積。現在はその経験を活かし、WHI総研の研究員としてユーザー企業の声や市場動向を調査・分析し、人事課題に関する知見を発信。

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