個人への配慮を超えた介護両立支援(前編)―ワコール様が築いた、信頼で支える支援のしくみ

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個人への配慮を超えた介護両立支援(前編)―ワコール様が築いた、信頼で支える支援のしくみ

2025年に団塊の世代がすべて75歳以上となったことで、高齢者の介護需要は急速に高まっています。

こうした中、家族の介護を理由に離職する「介護離職」は、企業にとって喫緊の課題です。今後、働きながら家族の介護を担う「ビジネスケアラー」はさらに増える見込みであり、制度整備と職場環境づくりの両面で早急な対応が求められています。

このような背景のもと、株式会社ワコール様(以下、ワコール様)は、創業以来の理念である「相互信頼経営」を軸に、約15年前から法定基準を大幅に上回る介護両立支援制度を整備してきました。

介護休業の最長期間を93日から365日に拡充するなど、時代に先駆けて従業員の声に基づいた制度づくりを進めてきた同社。その根底には、単なる法対応だけではなく、「現場のリアルに寄り添う」という一貫した姿勢があります。

本記事では、株式会社ワコール 執行役員 人事総務本部長の深沢信介様に、WHI総研の角川がインタビュー。前編となる本記事では、ワコール様が介護両立支援に早期から取り組んだ背景と、「介護365日」を支える風土づくりの原点に迫ります。

1分サマリ

・介護両立支援は「法対応」ではなく従業員の声から始まった
ワコール様では15年以上前に、介護休業期間を法定の93日から365日に拡充。
法律ではなく現場実態を重視して制度を改定した。

・介護の実態把握は「数値化」よりも「対話」を重視。
「自己申告制度」でキャリア希望と家庭事情を併せて申告できる仕組みを導入。

・制度を支えるのは「相互信頼」の企業風土。企業への信頼が制度利用のしやすさや定着の基盤に。

介護両立支援は“法対応”ではなく“従業員の声”から始まった

Q. 介護両立支援に早くから取り組まれた理由と、当時の状況について教えてください。

角川:
貴社では介護休業を最長365日まで取得可能とのことですが、法定の93日から365日に拡充されたのは、もう15年ほど前と伺いました。

今でこそ「2025年問題」や「ビジネスケアラー」といった言葉が注目されていますが、当時はまだ社会的に大きく取り上げられる前の段階だったと思います。

なぜ、そのタイミングで、法定を大幅に上回る365日への拡充を決断されたのでしょうか。


深沢様:
背景として、当時の法律が想定していた「介護休業のあり方」と、従業員が実際に直面していた「介護のリアル」との間に大きなギャップがありました

そもそも法定の93日という期間は、家族の介護を「自分で行う期間」ではなく、病院や施設の手配、ケアマネージャーとの調整など、介護体制を整えるための「準備期間」として設けられたものです。

一方で当時の弊社では、「施設に任せるのではなく、自分の手で親の面倒を見たい」という声が従業員から多く寄せられ、実際に在宅で介護を担うケースが少なくありませんでした。

そのような中で、「3か月ではとても足りない」「介護の最中に仕事を続けるのは現実的に難しい」といった切実な声が多数寄せられました。これが、介護休業を365日まで拡充した直接的なきっかけです。

ただしここで強調したいのは、「1年あれば介護が十分に対応できる」と考えて365日を設定したわけではないという点です。専ら家族が介護を担う場合、1年で完結するケースはむしろ少なく、平均すると数年にわたることも珍しくありません。

かといって、平均的な従事期間(『2021年度 生命保険に関する全国実態調査』によると、平均従事期間は約5年)をそのまま制度上限にするのも現実的ではありません。そこで弊社では、“1年間で介護を終える”ことを求めるのではなく、訪問看護・ヘルパー・デイサービス・ショートステイなども活用しながら、1年以内に“仕事と介護を両立できる体制”へ移行するための期間として365日を位置づけました。

法改正を待つのではなく、従業員の声と介護の実態に即して制度を再設計した——それが当時の判断でした。


角川:
ありがとうございます。

法対応を“義務”として捉えるのではなく、現場の声に基づいて15年以上も前から制度を先取りされていたことに、強い姿勢を感じました。

制度の利用実態と「把握」の難しさ

Q. 15年前から制度を拡充されていらっしゃいますが、実際の利用状況はいかがでしょうか。

深沢様: 
利用状況は、正直なところ育児と比べて「母集団の把握」が非常に難しいのが実情です。

育児であれば「出産した従業員のうち、何人が育休や時短勤務を利用したか」という取得率を出せますが、介護の場合は「誰が介護従事者か」という情報自体がセンシティブということもあり、会社として算出するしくみをつくっていません。

あくまで実数ベースではありますが、2012年以降のデータで見ると、年によってばらつきがあるものの、弊社の介護休業取得者は平均で年間13人ほど。一番多かった年でも18人程度です。全体の比率を算出できない点は課題ですが、申請ベースで把握できている実績としては、これが実態に近い人数だと認識しています。


角川:
たしかに、育児と違って「介護にあたる可能性のある人」を事前に特定するのは難しいですよね。他社様からも「誰が担い手なのかを把握するのが最も難しい」とよく伺います。

そのような中で、貴社では従業員の実態をどのように把握されているのでしょうか。


深沢様: 
弊社では、介護だけを切り出して聞くことはしていません。その代わりに、毎年実施している「自己申告制度」で、従業員のキャリア希望とあわせて、家庭や生活上の事情を申告できるようにしています。

これはキャリア面談の資料にもなるもので、「育児や介護、その他プライベートの事情で、配慮を必要とすることがあれば自由に記入してください」という形式です。

たとえば「家族の介護のため転勤が難しい」「時々休みを取りたい」といった内容を記載でき、一定程度の状況把握が可能です。ただし必ず記入しなければならないものではなく、本人の判断を尊重しています。


角川: 
キャリアとプライベートの双方を同じしくみの中で扱われているのですね。


深沢様: 
はい。家庭の事情を理由に不利益を受けることは一切ありません。
ただ従業員の立場からすると、「記入することで仕事内容を変えられてしまうのでは」といった不安を感じる方もいるかもしれません。

他社では人事部門に直接申告するケースもありますが、弊社の場合はあえて上司にも共有します。上司が従業員の状況を正しく理解したうえで、キャリア形成の支援や業務配分の調整を行えるようにするためです。

単なる「配慮」にとどめず、キャリア継続と介護を両立させるための積極的なしくみとして自己申告制度を運用しています。上司と従業員が相互理解を深め、安心して働き続けられる環境の整備を大切にしています。


角川:
あえて数値化を目的とせず、「従業員が安心して状況を共有できるしくみ」をつくることで、実態を丁寧に把握してこられたのだと感じました。

家庭の事情を申告することが評価や異動に不利益を与えるものではなく、むしろ「キャリアを続けるための対話の入口」として機能している点が印象的です。

介護を「個人の事情」ではなく「キャリア支援の一環」として扱う姿勢が、長期的な人材定着や信頼関係の基盤になっているのだと感じました。

制度を支える「相互信頼」の企業風土

Q. 
どれほど手厚い制度があっても、それを利用できる「風土」がなければ定着は難しいと考えます。
貴社の文化は、介護両立支援制度の利用や定着にどのような影響を与えていますか?

深沢様:
そのご質問にお答えするには、前提として、当社の文化の根幹にある「相互信頼経営」についてお話しさせていただく必要があります。

これは文字通り「会社と関係するすべての人がお互いに信頼し合うことを土台にした経営のあり方」を指します。

この考え方が生まれた背景には、1961年頃にまで遡る深刻な労働争議がありました。一時はストライキが起こる寸前まで労使関係が悪化したのですが、創業者はちょうどその頃に、出光興産創業者の出光佐三さんの講演を聞く機会がありました。

「出光興産では、人間尊重の和の精神を取り入れており、就業規則も定年も出勤簿もない」という話に感激した創業者は、これこそが理想の労使関係だという思いを抱いたそうです。そして講演の翌日に、「組合員である従業員を徹底的に信頼する」と宣言し、組合からの正式な要求はすべて受け入れることを提案したのです。


角川:
危機的な状況下で、性善説に立ったご決断をされたのですね。


深沢様: 
はい。この危機を乗り越えた経験こそが、現在まで続くワコールの揺るぎない基盤となっています。

ご質問の「介護両立支援への影響」に立ち返りますと、「制度が整っていても活用されない」「活用できる雰囲気ではない」という会社もあると聞きますが、少なくとも弊社においては「それはない」と断言できます。それは、この「相互信頼」の職場風土があるからです。


角川:
「ない」と断言できるのは、すごいですね。


深沢様:
たとえば、子どもの行事などで休む際、仕事が忙しい時期であっても、上司が「それ、最優先だろ。仕事よりそっちだろ。」と言ってくれるような環境が、弊社にはあるんです。私自身も、過去にそういう上司に何人も出会ってきました。


角川:
上司が部下のプライベートを尊重し、後押ししてくれるカルチャーが根付いているのですね。


深沢様: 
そうですね。 この「相互信頼」の風土があるからこそ、介護のようなセンシティブな問題であっても、従業員が声を上げやすく、会社や周囲もそれを受け止め、サポートする体制が機能しているのだと考えています。


角川: 
まさに「相互信頼」が単なる理念ではなく、日々の行動レベルで根付いている証拠ですね。

介護のようなデリケートな問題は、「言い出しにくい」側面があるかと思います。しかし、そうしたプライベートな事情に対してもオープンで、サポートする姿勢が風土として醸成されているからこそ、従業員の皆様も安心して声を上げられるのだと納得いたしました。結果として制度の利用や定着に繋がっているのでしょうね。



前編では、ワコール様が従業員の実情に応えて確立した、「介護休業365日」という手厚い制度について伺いました。また、いかにしてこれを15年も前に築き上げてきたのか、背景にあった従業員の声と、「相互信頼」を基調とする独自の企業風土に迫りました。

後編では、制度を周知・定着させるための具体的な取り組みや、深沢様ご自身の介護経験から見えてきた「本当に必要な支援」、さらに「介護特定」ではない、ワコール様が見据える未来の働き方について、さらに深く掘り下げてご紹介します。

この記事を書いた人

ライター写真

角川 亜由美(Tsunokawa Ayumi)

広報として、人事領域のトピックや制度運用に関する情報発信を担当し、記事企画やメディア対応を通じて得た経験を蓄積。現在はその経験を活かし、WHI総研の研究員としてユーザー企業の声や市場動向を調査・分析し、人事課題に関する知見を発信。

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