近年、健康経営の一環としてウォーキングを取り入れる企業・団体が増えています。中には歩数計測アプリの利用補助や福利厚生のカフェテリア制度のポイントといった金銭的なインセンティブを与える法人もあり、効果として社員の健康意識やエンゲージメントの向上が期待されます。
前編では、健康経営としてのウォーキング施策の効果や健康経営優良法人2024に認定された法人の実施動向について解説しました。
後編となる本記事では、当社のウォーキング施策の事例と、健康経営優良法人2024認定企業の施策から読みといた実施する際のポイントを紹介します。
1分サマリ
・事例からウォーキング施策を通じて健康意識の向上や従業員間の交流を狙いとしていることがうかがえる。
・参加率向上やイベント後の運動継続に繋げるためには、従業員の多様な個性に応じた複数の動機付け策を盛り込む工夫が必要。
・コミュニケーション活性化のために運営が会話の場を作り出すことが重要。
・従業員間の交流から組織内の相互理解が深まり、多様性の尊重やエンゲージメント向上に繋がる。
健康経営優良法人2024認定企業の施策を紐解く
健康経営優良法人2024に認定された法人のうち、ウォーキング施策関連の記述がある1,274法人※1のフィードバックシートを調査し、施策の目的や運営方法等において、下記の傾向がみられました。
調査方法
上記の1,274法人の評価結果(フィードバックシート)におけるテキスト記述から、以下のいずれかの単語を含むテキスト形式のセルの記載内容を読み解きました(1法人あたり1セル~3セル)。
検索単語:
ウォーキング,ウオーキング,ウォーク,ウオーク,ウォーキング,ウオーキング,ウォーク,ウオーク,歩数,歩行,歩数計,walk,walk
調査結果
「施策の目的」「イベント運営」「競争・表彰のしくみ」「インセンティブ設計」「アプリ利用補助」に分類し、以下のような結果が読み取れました。
施策の目的
ウォーキング施策を行う目的としては「健康意識の向上」が挙げられており、その中で併用して「従業員同士のコミュニケーションの活性化」も記載している法人が見られました。
イベントの運営
自法人でウォーキングイベントを開催しているケースが多数です。特徴的な例として、建設業の法人では全国土木建築国民健康保険組合主催のイベントがあり、加入している建設業種のうち複数法人が参加している様子が読み取れました。
競争・表彰のしくみ
部署対抗形式や表彰制度を設けている法人が複数みられました。
インセンティブ設計
参加賞のほか、歩数や順位に応じたカフェテリアポイントや健康グッズがプライズとして与えられていることが多いです。なかには一時期のイベントではなく、通年で施策を実施し、毎月目標を達成した従業員にギフト券や健康グッズを進呈する企業もありました。
アプリ利用補助
アプリの導入をする場合は、歩数計測だけでなく食事内容や睡眠状態等も記録できる健康アプリを導入していることが多いです。
※1 健康経営の取り組み|従業員の健康と経営へ影響するウォーキング施策(前編)「ウォーキング施策に関連する開示」参照
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/walking_1
ウォーキング施策の事例
本章では、実際のウォーキング施策として当社の事例を紹介します。
当社では従業員の自主サークル「Works Healthy Project」が企画・運営を行い、『みんなで、歩いて、記録して、BINGOも楽しむ』をコンセプトにウォーキングイベント「Connected Walking」を毎年2回、5月(主に新卒社員向け)と11月(全従業員向け)に実施しています。
当社はリモートワーク率が7割に達しており、チャットツールを介したコミュニケーションが主であるため、本ウォーキングイベントは日頃の運動不足解消やリアルタイムで会話する機会の一つです。
当社のウォーキング施策で工夫している点は以下3つです。
・チーム制による偶発的な交流
・参加率を高めるプライズ
・ウォーキング継続を促すしくみ
チーム制による偶発的な交流
4~5人のチーム制とし、毎週各チームがミーティングを実施する形式です。
これが新卒や中途で入社したばかりの従業員にとっては社内ネットワーク形成の機会に、いち企業という大きな組織の視点では他部門の業務内容や繁忙の相互理解の促進に繋がることが期待されています。
健康経営施策であるため、経営メンバー(CxO)も参加して従業員と交流を持っていることも特徴です。
▼参加者の感想
参加率を高めるプライズ
参加者へのプライズとして、福利厚生制度のカフェテリアポイントの付与(*)や総合歩数上位を記録したチームにはプライズとして経営層とのランチが設けられます。
*イベント期間中の個人総歩数のほか、毎週のチームミーティング開催報告やPDCAアンケートへの回答に応じて付与されます。
ウォーキング継続を促すしくみ
ウォーキング継続を促すために、以下3点の施策を実施しました。
1.参加者の歩数記録の一覧化
イベント参加者は期間中、歩数記録をつけることになっており、全参加者の歩数を確認できるように一覧化されます。
これが「他のチームに勝ちたい」といった競争心や「チームのためにもう少し歩数を増やしたい」といった貢献心等の価値観を刺激し、イベント期間の最後まで参加する意欲を高めています。
2.安全に継続するための情報発信
参加者によっては「イベント参加開始後に張り切りすぎて怪我をした」「最初は歩いたが雨や疲れをきっかけに1日休んだらやる気を失った」あるいは「イベント期間の1か月だけがんばったが残り11ヶ月は何もしなかった」ということもあります。
イベント運営陣はこのような参加者を見越して、イベント開始直前からおおよそ1週間ごと(計4回~5回)に分けて安全に長期継続するための情報発信を行っています。
例:「無理をせず7日ごとに歩数を増やしてステップアップする」「3日坊主でも5日目からまた3日やれば1週間で6日やったことになる」「意識的に休足日を設ける」「疲れた脚に効くストレッチやマッサージ」
3.参加した効果や楽しさを実感できるゲーム性
毎日の歩数を記録すると、イベント開始から歩いた距離を、東京駅からの距離に置き換えて到達した駅がわかるといった達成感の演出や、歩いている際に撮影した写真をイベントコミュニティにアップロードし、他の参加者から反応が返ってくるといった帰属意識を高めるしくみがあります。
また、イベント期間中は毎週『おさんぽBINGO』というチーム制のカードを配布しており、カード内のお題には、ウォーキングに出かけて発見した物を報告するタスクやチームミーティングを開催すること、中にはチームで相談が必要なタスクを適宜含めるようにしています。
これらにより、上記のイベント期間中の継続的な運動や偶発的な社内交流の発生を促しています(*)。
*なお、この『おさんぽBINGO』のカード内の「〇〇を見つけた」は、膨大な視覚情報から探している物体を見つけることで、書籍や論文、製品マニュアル等から目的の記述箇所を素早く探しだす訓練も込めています。また、リモートワーク中心でまったく家から出ない状況による筋力低下や疲労の蓄積、精神的状態の悪化を防ぐ意味もあります。
イベント実施による健康効果とエンゲージメント向上
このような取り組みの結果、2023年11月実施時には全社員の約 37%にあたる 750名が参加しました。効果として、1か月間で平均歩数、中央歩数ともに伸びました。
※2024年5月実施(新卒社員向け)では新卒社員の約96%にあたる130名が参加。
下図の2023年11月実施時のアンケート結果を見ると、施策効果としても健康意識の高まりや運動量の増加、コミュニケーションの機会に繋がっていることが見てとれます。
※上図の④PDCA意識に繋がるしくみについてはWHIのnote記事「健康面からはたらくを楽しく!全社員の約4割が参加するConnected Walkingとは」をご参照ください。
エンゲージメント向上の観点では、以下のような参加者からの声がアンケートに記載されています。また、参加者の一人でもある当社CHROも期待を寄せています。
ウォーキング施策を実施する際のポイント
本章では、ウォーキング施策を始める際のポイント4つを紹介します。
まずは有志でスモールスタート
最初は健康志向の高い人だけでもよいので少人数スタートをし、そこから歩数記録の管理方法やイベント期間の設定、コミュニケーション活性化の方法等のしくみ化を考えましょう。
この際に、できるだけ複数の部署から参加者を集め、今後のイベント開催に向けた多角的な視点を得ることも大切です。
イベント参加や運動継続のための動機づけを行う
ただ「健康意識の高い従業員たちのサークル」ではなく組織の健康経営施策とするためには、より多くの従業員が参加し、継続して健康状態の維持・改善に繋げることが必要です。
ウォーキングイベントの参加率を高め、イベント期間中の途中離脱を防ぐためには、従業員それぞれの内発的動機付けの元となる価値観に繋がるしくみが有効でしょう。
▼価値観の例
・他社や他チームを意識して勝ちたいと思う競争性
・所属するチームでのプライズ獲得に役立とうとする貢献心
・チームメンバーと協力して運動を一緒に継続しようとする仲間意識
・個人で「1日あたり何千歩」を達成する目標達成
また、次の例のように、チーム分けや歩数記録の公開についても複数の方法が考えられます。イベントごとに変えてもよいので、様々な方法を試してみましょう。ウォーキングイベントの回を重ねるごとに参加者にも飽きが出てくるので、変化をつけることも必要です。
▼チーム分け・歩行記録公開方法の例
チーム分け:完全にランダムで編成、チームを組んで参加とランダムで編成を参加者が選択、チームを組んで参加のみ
歩数記録の公開:全員に公開、チーム内のみで公開、各チーム全体の総歩数と自分の記録しか見えない、等
組織間のコミュニケーションを活性化する
イベント参加の輪が広まることや、イベント後にも従業員が運動を継続するための仲間づくりのために、コミュニケーション活性化のしくみを必ず入れましょう。
コミュニケーション活性化のしくみ例としては、プロギング(ゴミ拾い)や「皇居や城郭、大きい公園を1周する」「東京の山手線を〇駅から△駅まで歩く」のようなリアルイベント企画を実施する方法や、当社の事例のように「各チームで毎週ミーティングを行う(ミーティング開催だけでもカフェテリアポイントになる)」「チームで相談してBINGOの内容を決める」とオンラインでも定期的に対話が起きるようにする方法があります。
エンゲージメント向上のための交流機会を作り出す
上記のコミュニケーション活性化のしくみやチーム編成で従業員同士が交流する機会を作り出すことができます。
特に属性が異なる従業員同士で接触することで、他部署の業務内容や業務上で重要視している視点(部署としての価値観)を知ること、趣味・育児介護等の他者の仕事以外の様々な面を知ることで多様性の尊重に繋がることが期待できます。
また、新卒研修の中にウォーキング施策を取り入れることで同期間の繋がりを深めることもできるでしょう。
このような交流の機会を作り出すことが、従業員エンゲージメントの向上に繋がります。
従業員のパフォーマンスとエンゲージメント向上を目指して
ウォーキング施策は一見地味ですが、健康増進を目指す従業員からアブセンティーイズム(*)やプレゼンティーイズム(**)の状態にある従業員までを満遍なくターゲットにでき、草の根的な少人数や共有スプレッドシートでも十分管理ができるため、はじめやすいことが特長です。
また、当社でも行われているようなカフェテリアプランの福利厚生制度との相性もよく、チーム制による共同意識や表彰(プライズ進呈)のための競争意識といった従業員の多様な個性を活かす等、参加率を高める施策も打ちやすいです。
副次的効果として、従業員同士のコミュニケーション活性化、エンゲージメント向上にも繋がるほか、有価証券報告書においても『適正体重維持者割合』といった独自開示指標の改善効果にも関連します。
本コラムが健康経営施策の参考になり、より健康で楽しく、パフォーマンスを発揮しながら働ける方が増えましたら幸いです。
*アブセンティーイズム:心身の体調不良によって就労に影響をきたし、遅刻早退、欠勤、休業等で業務自体を行えていない状態
**プレゼンティーイズム:就業はできているものの、頭痛、肩こり、腰痛、花粉症等様々な健康上の問題からパフォーマンスを十分に出せていない状態