個人への配慮を超えた介護両立支援(後編)―自社制度だけでなく公的支援情報まで網羅

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個人への配慮を超えた介護両立支援(後編)―自社制度だけでなく公的支援情報まで網羅

2025年に団塊の世代がすべて75歳以上となった今、介護のニーズはこれまで以上に高まっています。

このような中、家族の介護を理由に離職する「介護離職」は、企業にとって喫緊の課題です。

今後、働きながら家族の介護を担う「ビジネスケアラー」はさらに増加すると見込まれ、制度整備と職場環境づくりの両面で、迅速な対応が求められています。

こうした社会的課題にいち早く向き合ってきたのが、株式会社ワコール様(以下、ワコール様)です。


その一例が、介護休業の最長期間を法定の93日から365日へと拡充した取り組み。ワコール様は、時代の先を読みながらも、常に「従業員のリアルな声」を出発点に制度づくりを進めています。

前編では、同社が「介護休業365日」という先進的な制度を導入した背景に、法対応ではなく相互信頼経営の理念があったことを伺いました。

後編となる本記事で取り上げるのは、従業員の約6割を占める「店舗販売職」。シフト勤務という制約のある現場で、相互信頼の文化はどのように根付いているのでしょうか。 

また、制度を作るだけでなく浸透させるためにワコール様が重ねてきた工夫や、 自身が介護を経験された中で得られた気づきにも迫ります。

1分サマリ

・販売職を含む現場での介護両立支援の実践
‐従業員の6割を占めるシフト勤務の販売職でも、介護を「個人の問題」ではなく「組織の課題」として共有・支え合う仕組みを構築。

・制度を周知・活用するための仕組みづくり
‐2015年に「介護と仕事の両立支援BOOK」を作成し、制度紹介にとどまらず啓発にも注力。

・当事者の経験から見えた「本当に必要な支援」
‐介護で重要なのは「制度」そのものよりも、「情報」へのアクセス。

現場の実践:従業員の6割を占める店舗販売職の両立支援

Q. 従業員の6割の方は、店舗で販売をされている「ビューティーアドバイザー」とのことですが、シフト勤務が基本となる現場での、介護と仕事の両立は、現実的にかなり大変なのではないでしょうか。

深沢様:
おっしゃる通りです。弊社の従業員の大半を占めるのは、店舗で販売を行う「ビューティーアドバイザー」です。従業員はシフト制で勤務しているため、急なお休みが入ると現場に穴が開いてしまうこともあります。

ただ、介護は病院への付き添いなど急な対応が必要になることもある一方、ある程度事前に計画を立てられる場面も少なくありません。

たとえば、販売職には平日休みが多いという特性があります。これが介護の場面では意外にもメリットになることがあります。ご家族の中で土日休みの方が介護を担当できる場合、「土日は家族にお願いし、平日は自分が対応する」といった柔軟な分担が可能です。


角川: 
介護はプライベートな問題ではありますが、事前に状況を共有できていれば、職場としても体制を整え、サポートすることができるわけですね。


深沢様: 
はい。まさにそこが、弊社の「相互信頼」の根幹に関わる部分だと考えています。

介護を個人の問題として従業員に抱え込ませてしまうと、「職場に迷惑をかけてはいけない」と一人で悩み、結果として辞める選択肢しか見えなくなってしまう可能性があります。

私たちが目指しているのは、従業員が安心してプライベートな事情を共有できる関係性です。

上司や同僚がその状況を理解しているからこそ、先ほどの販売職の例のように、「平日休みを活かそう」「この日は他のメンバーでカバーしよう」といった、具体的なサポート体制を組織規模で築けます。

これは単なる個人への配慮にとどまらず、組織としてその従業員のキャリアと生活をどのように守っていくか、会社全体で考えることに繋がります。

それを実現するためには、従業員全員が「みんなで対処する」という意識を持つことが不可欠だと考えています。


角川: 
「相互信頼」という強固な土台があるからこそ、個人の問題として扱われやすいことが、組織の課題へと転換されているわけですね。

単なる配慮にとどめず、従業員が安心して事情を共有できる環境(心理的安全性)をつくること。

そして、その共有された情報を基に、現場が組織として柔軟にサポート体制を組むこと。

それこそが、介護を理由とした離職を防ぎ、従業員のキャリアと生活を守る「相互信頼経営」の具体的な実践なのだと、理解いたしました。

制度を周知する具体的な取り組み

Q. 「制度」と「風土」という両輪を支えるために、会社として制度を周知するしくみも重要だと思います。
いざ介護に直面した従業員が適切に制度を活用できるよう、どのような工夫をされていますか?

深沢様:
まず、2015年に「介護と仕事の両立支援BOOK」という冊子を作成しました。育児編もありますが、介護については当時まだ社内の認識が薄かったため、特に力を入れました。

作成にあたっては、会社のトップメッセージとして社長に、従業員の代表として労働組合の委員長にもメッセージをもらっています。これは、弊社の労使協調の姿勢を示すものでもありますね。

もちろん、イントラネットでも介護に関する情報は常に発信しています。近年はコロナを経て、フレックスや在宅勤務など働き方の柔軟性も高まったことで、制度の選択肢も広がっています。


角川:
その2015年に作成された「両立支援BOOK」は、具体的にどのような内容なのでしょうか?


深沢様:
当時はまだ「介護は自分には先のこと」「親はまだ元気」といった認識が社内でも強かったんです。ですから、単なる制度紹介ではなく、「まず啓発すること」が大きな目的でした。

たとえば、「65歳以上の5人に1人が介護を必要とする時代になる」といった一般的な情報や、ご自身の家族構成や実家の状況を「家族で確認しましょう」といったセルフチェック。もちろん、費用負担の話や、自社制度(介護休業365日や短時間勤務など)の紹介も盛り込みました。

狙いは、「いつか自分ごとになるかもしれない」と従業員に感じてもらうことでした。


角川:
ちょうど2025年4月施行の改正育児・介護休業法で、40歳になった従業員への情報提供が事業者の努力義務となりましたが、貴社では特定の年代に向けた周知などは行っていますか?


深沢様:
いえ、弊社ではあえて「40歳」など年齢で区切った発信はしていません。


角川:
そうなんですね。それはなぜでしょうか?


深沢様:
弊社の実態にそぐわない、というのが正直な理由です。

ご存知の通り、弊社の従業員の9割は女性です。

近年の婚姻年齢や出産年齢を踏まえると、「育児と介護が同時に来る」ダブルケアの従業員も少なくありません。また、20代や30代であっても、ご家族の状況によって介護に直面する可能性はあります。

介護に直面するタイミングは、本当に「人それぞれ」なんです。ですから、「40歳になったから」という形で一律に発信するのではなく、必要な人が、必要な時に、いつでも情報にアクセスできる状態を整えることが最も重要だと考えています。その体制をもって、法的義務も果たしていると認識しています。


角川:
「40歳」という国の基準に形式的に合わせるのではなく、従業員の年齢構成やライフステージ、育児と介護が重なる可能性など、リアルなニーズに応じた情報発信をされているわけですね。

たしかに、介護に直面するタイミングは人それぞれです。そのことを踏まえると、情報発信の時期を年齢で一律に区切るよりも、「必要な人が、必要な時に、いつでも情報にアクセスできる状態」を整えることのほうが、介護の実態に即した、より適切な支援になるのだと深く納得しました。

当事者の視点で見つめる、会社が本当に支援すべきこと

Q. 深沢様ご自身も介護を経験されたと伺いました。
制度を整備・周知されてきた人事としての立場と、実際に介護に直面された当事者としての立場、両方を経験されて、何が一番重要だと感じられましたか?

深沢様:
はい。私自身も母が要介護の状態になった経験があります。その体験を通して強く感じたのは、介護において本当に必要なのは「会社の支援制度そのものよりも情報」だということです。


角川: 
「情報」ですか。


深沢様: 
はい。一番印象に残っているのは「地域包括支援センター」の存在です。私は人事として介護支援ハンドブックを作っていた関係で、その存在を知っていました。

そのため、いざ自分が介護に直面したときにセンターに「まず何をすればいいか」と相談に行くことができたんです。

しかし、多くの人はその存在すら知らず、いざという時に「どうしたらいいのか」と途方に暮れてしまうのではないでしょうか。


角川:
たしかに、何から手をつけていいかわからないという方は本当に多いですよね。


深沢様:
そうなんです。たとえばケアマネージャーの選び方が重要であることとか、ショートステイは最長30日までだけれど、1日空ければ再利用できること、あるいは介護保険を適用外にすればその日を「空けた」扱いにできることとか。

私はケアマネージャーさんから情報を教えてもらいましたが、それまではまったく知りませんでした。

こうしたちょっとした情報があるかないかで、当事者の負担感は大きく変わると感じています。


角川:
会社としては、制度を整えるだけでなく、そうした公的な支援へアクセスしやすくすることも大切ということですね。


深沢様: 
まさにその通りです。いざという時に相談できる自治体のしくみがあることを、「情報」として従業員に伝えることこそ、会社ができる最も重要な支援だと思っています。

現在、社内の介護ハンドブックも時代に合わせて改訂を進めていますが、そうした視点を新たに盛り込んでいます。

それからもう一つ。制度とは少し違いますが、コロナ禍を経てフレックスタイムや在宅勤務といった柔軟な働き方が広がったことも、結果的に介護と仕事の両立を後押ししていると感じます。


角川:
柔軟な働き方が、介護離職の抑止にも繋がっているということですね。


深沢様:
はい。私自身も、母の様子を見ながら在宅勤務をしていた時期がありました。そうした柔軟な働き方ができるようになったことで、介護を理由に離職する人は確実に減ったという実感がありますね。


角川: 
ありがとうございます。深沢様ご自身のご経験から、在宅勤務など柔軟な働き方が介護離職の抑止力として確実に機能しているというお話、とても説得力がありました。

企業として「休業制度」や「在宅勤務」といった社内制度を整えることはもちろん重要ですが、それと同時に、従業員を公的な支援の情報にどう導くか。この点こそが、当事者にとって最も切実で、支援の核心なのだと感じました。

社内の「制度」と、社外の「情報」。この両輪をしっかり支えることこそが、真の意味での「仕事と介護の両立支援」なのだと改めて気づきました。

 

ワコール様は、法改正への対応ではなく、従業員のリアルな声に応える発想のもと、約15年前に「介護休業365日」という先進的な制度を導入されました。

インタビューで特に印象的だったのは、この取り組みが単なる制度導入ではなく、創業以来の理念「相互信頼経営」と密接に結びついている点です。

その理念は、従業員の6割を占める「店舗販売職」というシフト勤務の現場においても、「介護を個人の問題ではなく組織の課題」として支え合う文化として具体的に実践されており、制度と風土が「両輪」として機能していることがよくわかります 。

また、「40歳で区切らない」情報提供や、深沢様ご自身の介護経験から得られた「社内制度以上に重要なのは、地域包括支援センターなど公的支援への情報アクセス」という気づきにも、一貫して「当事者のリアルな実態」に寄り添う姿勢が表れていました。

強固な「相互信頼」の土台(風土)の上に、従業員の実態に即した「制度」と「情報支援」を組み合わせる。 この取り組みは、「介護」という特定の事情への対応を超えた本質的な働き方改革のモデルと言えるのではないでしょうか。

 

この記事を書いた人

ライター写真

角川 亜由美(Tsunokawa Ayumi)

広報として、人事領域のトピックや制度運用に関する情報発信を担当し、記事企画やメディア対応を通じて得た経験を蓄積。現在はその経験を活かし、WHI総研の研究員としてユーザー企業の声や市場動向を調査・分析し、人事課題に関する知見を発信。

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