2026年7月、民間企業における障がい者の法定雇用率が2.7%へ引き上げられます。
企業にはこれまで以上に、単なる雇用数の確保にとどまらず、個々の人材が役割を持ち、その価値を最大限に発揮できる環境を整備していくことが求められます。
こうした状況を踏まえ、Works Human Intelligence(以下、WHI)は自社が提供する統合人事システム「COMPANY」を利用する大手企業約20社を集め、障がい者雇用に関する情報交換会を実施しました。
約20社の人事実務担当者による議論から見えてきたのは、採用から定着、マネジメントに至るまでの課題が、共通するひとつの前提のもとにあるということです。
その前提とは、障がい者雇用における「業務の切り出し」を主軸とした雇用モデルです。既存業務の一部を切り出して任せる方法はこれまで広く採用されてきましたが、業務のデジタル化や自動化の進展により、根底が揺らぎつつあります。
その結果企業には、「どの業務を任せるか」ではなく、「どのような役割を設計するか」という視点が求められるようになっています。
本稿では、こうした変化を踏まえ、制度改正の概要と実務対応のポイントを全3編にわたり整理します。
前編では法定雇用率の引き上げや関連制度改正の要点を解説し、中編では、現場で顕在化している課題を3つの観点から解説しました。
後編では、こうした構造的な課題を踏まえ、企業がどのように採用から定着・活躍までを一貫して捉え直しているのか、具体的な取り組みとそのアプローチを整理します。
1分サマリ
・企業が直面する「採用できない」「任せる業務がない」「定着しない」といった課題は、個別の問題ではなく、採用・業務設計・定着支援が分断されている構造に起因しています。
・これに対して先進企業では、既存の人事情報や現場での観察情報を組み合わせながら、関係者間で判断の前提を揃えていく取り組みが進んでいます。
・具体的には、「特性を起点に役割を設計する配置」「評価を分断せず納得感を高めるしくみ」「採用・現場・人事をつなぎミスマッチを防ぐプロセス設計」の3つです。
・2026年の法定雇用率引き上げにおいて求められるのは、単なる雇用数の確保ではなく、「その人がどのように力を発揮できるか」を前提に、採用から定着・活躍までを一貫して設計し直すことです。
目次
現場の限界を超えた企業が実践している3つの打ち手
WHIの情報交換会に参加した企業の取り組みを整理すると、共通して見えてくるのは、採用・業務設計・定着支援を一体で考える重要性です。
多くの企業は、「採用できない」「任せる業務がない」「現場の負担が大きい」といった個別の課題に直面しています。しかし、これらはそれぞれ独立した問題ではありません。採用した人材が活躍するためには、適切な業務設計と受け入れ体制が欠かせず、どれか一つだけを改善しても十分な成果は得られません。
そのため、先進企業では、入社後の活躍を起点に、採用から業務設計、定着支援までを一連のプロセスとして見直す取り組みが進んでいます。
以下では、その実現に向けた3つの具体的なアプローチを紹介します。
アプローチ①:特性を起点に役割を設計する「能力ベースの配置」
まず重要なのは、「業務ありき」ではなく「人の特性ありき」で役割を設計するという考え方です。
デジタル化や業務効率化の進展により、従来のように単純作業を切り出して割り当てるだけでは、十分な役割を生み出しにくくなっています。その結果、「任せる業務がない」という課題は、業務量不足というより、業務設計の前提変化によって生じています。
情報交換会では、こうした考え方に基づく具体的な取り組みも共有されました。
・対面でのコミュニケーションよりも、PCスキルを活かした実務に強みを持つ人材に対し、給与計算や資料作成などの管理部門業務を任せている。
・一定時間ごとに短い休憩が必要といった特性をあらかじめ踏まえ、業務設計そのものに組み込むことで、安定的に成果を出せる環境を整えている。
・RPAやマクロといったITスキルを持つ人材を業務改善プロジェクトに配置し、現場の効率化そのものを担う役割として活躍している。
ここで起きているのは、単なる業務の割り当てではありません。「できることを起点に役割を設計する」という発想への転換です。この視点に立つことで、「任せる業務がない」というよりも、その人の強みを活かせる役割をどのように設計するかが課題であるとわかります。
アプローチ②:評価を分断せず、「活躍の実感」をつくる
障がい者の評価を考えるとき、企業は「特別扱いするべきか、それとも全員同じ基準で評価するべきか」で悩みがちです。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の調査※1によると、昇進や賞与などの評価基準について、65.7%の企業が「障がいの有無にかかわらず共通の基準を適用している」と回答しています。一方で、本人の希望や能力を踏まえて個別に業務目標を設定している企業は37.0%にとどまっています。
この結果から見えてくるのは、「評価基準は共通化されていても、実際にどのように働けば評価されるのかが十分に共有されていないケースがある」ということです。
その結果、働く本人にとっては以下が見えにくくなり、評価への納得感やキャリアの見通しを持ちづらくなる場合があります。
・何を期待されているのか
・どのように成果を出せばよいのか
・自分は成長できているのか
情報交換会では、こうした課題に対して「評価基準」と「働き方の設計」を分けて考える実践例が共有されました。
例えば、評価項目そのものは全社員共通としながらも、業務設計の段階では本人の特性に合わせた調整を行う企業があります。
具体的には、「一定時間ごとに休憩が必要」という特性がある場合に、あらかじめ休憩を前提に業務量や担当範囲を設計するといったものです。これは評価基準を下げるためではなく、「安定して力を発揮できる条件」を整えるための工夫です。
また、この企業では評価を結果だけでなくプロセスも含めて評価対象に含めることで、品質と支援の両立を図っています。例えば資料作成業務では、完成した成果物だけでなく、以下のプロセスも評価対象に含めます。
・途中で適切に確認を行えたか
・修正依頼に対応できたか
・周囲と連携しながら進められたか
つまり、重要なのは「障がいがあるから別の評価制度にする」ことではありません。同じ評価基準を持ちながら、一人ひとりが成果を出しやすい働き方や支援方法を設計すること。その考え方が、働きやすさと成長の両立につながっています。
※1 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)
「企業における障害者雇用の質の向上に向けた取組の現状と課題に関する調査研究」
https://www.nivr.jeed.go.jp/vr/n8gui80000000f8s-att/33PD2-5.pdf
アプローチ③:採用・現場・人事をつなぎ、ミスマッチを未然に防ぐ
多くの企業では、採用は採用部門、配属後のマネジメントは現場、定着支援は人事といったように役割が分かれています。そのため、部門間で共有される情報や判断基準に差が生じる場合があり、「想定していた働き方と実際の業務にギャップがある」「現場での受け入れ体制が十分に整っていない」といったミスマッチにつながることがあります。
本来、採用から定着までのプロセスは連続したものであり、「どのように活躍してもらうか」という共通の前提のもとで設計される必要があります。しかし現実には、部門ごとに判断軸が分断され、結果として個別には正しい判断でも全体としてミスマッチが生じる構造になっています。
こうした課題に対し、分科会では「採用前の段階から現場と人事が関与することで、ギャップを減らす」という取り組みが共有されました。その代表例がインターンシップです。
このインターンは選考の一環ではなく、採用・現場・人事が同じ前提を持つための接点として設計されています。
例えばある企業では、マーケティング業務を題材とした企画ワークを通じて業務理解を促すと同時に、参加者の志向性や必要な配慮事項を相互に確認しています。また、社員座談会では障がいのある従業員や人事担当者が参加し、実際の働き方やキャリアの実態を共有しています。
このようにインターンは、選考の場ではなく「関係部門が同じ情報を持ち、共通理解をつくるしくみ」として機能しています。
重要なのは、こうした取り組みを個別部門の施策にとどめないことです。採用・現場・人事が連携しながら一つのプロセスとして設計されて初めて、構造的にミスマッチが抑制されます。
つまり、個別対応の積み上げではなく、フェーズごとに分断されない支援プロセスの構築が求められているのです。
「採用できたのに続かない」を乗り越えるために
WHIの情報交換会では、多くの企業が「採用はできても定着しない」という共通の課題を抱えていることが分かりました。
現場では、採用時には想定していた仕事が、業務のデジタル化や組織変更によって後からなくなってしまうことがあります。また、配属後の支援体制が十分にしくみ化されておらず、現場ごとに対応の差が生まれるケースもあります。
これらの背景には、これまでの障がい者雇用の進め方そのものがあります。従来は、法定雇用率を満たすために業務を切り出して配置する方法が中心でした。しかし、業務の自動化や効率化が進む中で、このやり方だけでは長期的な定着が難しくなっています。
2026年の法定雇用率引き上げは、単に採用人数を増やすためのものではありません。これからは、「どんな仕事に人を当てはめるか」ではなく、「その人がどのように力を発揮できるか」を起点に、役割や業務を設計していく視点が求められます。
そのためには、人事や障がい者雇用担当だけでなく、現場や経営層も含めて、組織全体で同じ方向を向いて取り組むことが重要です。
採用から定着、活躍までを一つの流れとして見直すことは簡単ではありません。しかし、法改正をきっかけに現場の実態に向き合い、しくみを見直していくことで、障がい者雇用はより前向きに進んでいくはずです。

