近年、リモートワークやモバイル端末を使った業務の普及に伴い、労働に関する重要テーマとして「つながらない権利」が注目を集めています。
本コラムでは「つながらない権利」の意味から、最新の政府分科会における議論の状況、そして今企業がとるべきアクションについて具体的に解説します。
1分サマリ
・「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外や休日において、不要不急の業務連絡に応答しない権利
・労働市場改革分科会では、法制化を主張する意見と法制化に慎重な意見に分かれる。まだ結論は出ておらず、引き続き重要テーマとして議論
・「つながらない権利」に対する企業のアクションとしては、①現場の実態を把握する、②会社としての方針を決める、③決めた内容をルール化・施策に落とし込む
・企業が「つながらない権利」に必要と考える対応は、「明確なガイドライン策定」が1位
目次
「つながらない権利」とは
「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外や休日において、不要不急の業務連絡に応答しない権利を指します。
この権利が注目されるようになった背景には、スマートフォンなどのモバイル端末が普及し、いつでもどこでも業務連絡ができるようになったことがあります。特にコロナ禍以降、テレワークも普及したことで、自宅で勤務時間外に業務連絡を受けることが労働者の心理的ストレスとなり、「つながらない権利」が注目され始めました。
また勤務時間外の業務連絡は、一度業務を終了したにも関わらず業務を再開してしまうことで、未払残業等の労務リスクにつながっているとの指摘もあります。現在、官邸直轄の日本成長戦略会議における労働市場改革分科会でも議論の対象となっており、「つながらない権利」を法制化するかどうかが焦点となっています。
国における「つながらない権利」の議論の状況
「つながらない権利」については、2025年1月に厚生労働省の労働基準関係法制研究会の報告書で取り上げられてから、同じく厚生労働省の労働政策審議会でたびたび議論されています。また2026年3月~5月にかけて、官邸主導の労働市場改革分科会が計5回開催され、「つながらない権利」の法制化が主な論点として挙げられました。ここではその内容を一部紹介します。
法制化を主張する意見
労働市場改革分科会の複数の委員から、働く者がしっかりと休息や生活時間を確保できるよう、法制化の検討を進めることが重要との意見が出ています。これは労働者の休息時間の確保に加えて、リスキリング時間の確保や、ひいては企業の生産性向上にも資するという視点に基づいています。
※参考:厚生労働省「第3回労働市場改革分科会 議事録」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_72943.html)
法制化に慎重な意見
一方、一律の法制化に対して慎重な意見もあります。勤務時間外の連絡は、会社によって休日の定義が異なることや、仕事の進め方も個人ごとに様々であることなど、あらゆる事情を踏まえると、労働条件の問題というよりは業務遂行方法の問題であり、労働基準法で画一的に義務化するものではないという意見も複数出ています。法制化以前に、社会全体の意識改革が必要という視点です。
※参考:厚生労働省「第204回労働政策審議会労働条件分科会 議事録」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_66496.html)
国としての今後の方向性
これらの議論を踏まえつつ、労働市場改革分科会では2026年6月にとりまとめ資料が公開されました。「つながらない権利」に関しては、その在り方について検討が必要と記載されています。
労働者の健康確保や生活時間の確保が重要であり、これらは多様な人材の労働参加に当たっても重要であることから、連続勤務規制や勤務間インターバル制度の法的位置付け、「つながらない権利」の在り方、副業・兼業に当たっての健康確保、テレワークの活用促進などについて、現場の実態や労使双方の立場を十分に踏まえて、検討を進める必要がある。
※出所:厚生労働省「日本成長戦略会議 労働市場改革分科会とりまとめ」(https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/001707328.pdf)
現時点では、法制化するかどうかの結論は出ていませんが、引き続き重要なテーマの1つとして議論が進められると考えられます。
「つながらない権利」対策のメリットとデメリット
「つながらない権利」については、労働者・使用者双方の視点から見て、対応するメリットとデメリットがあります。そしてこのメリット、デメリットをどのように捉えるかは人によって様々です。そのため、組織全体で足並みを揃え、対応方針を決定するのが難しい実情があります。
【「つながらない権利」を保障するメリットとデメリット】
| 保障するメリット | 保障するデメリット | |
| 労働者視点 | ・勤務時間外の休息が確保され、連絡が来ることによる心理的ストレスから解放 | ・社内外の対応が遅れることによる生産性の低下や機会損失 ・部門、職種間の不公平感(勤務時間外の連絡がどうしても必要な業務とそうでない業務で対応に差が出る) |
| 使用者視点 | ・勤務時間外に従業員が業務をすることによる未払残業等の労務リスク解消 ・ワークライフバランスの向上による離職率低下や採用力向上 |
・社内外の対応が遅れることによる生産性の低下や機会損失 ・業務を見直すことにより発生するコスト |
政府の議論でも話されているように、個人によって価値観が様々である以上、「つながらない権利」への対応は一律のルール化が難しいものです。だからといってなにも対応しないままでは、未払残業等の労務リスクや従業員の心理的ストレスを放置してしまうことにもなりえます。
自社の環境では、上記のメリット・デメリットのどちらが大きいのか、「つながらない権利」に対応すべき状況なのか、まずは整理するところから議論を進めることが重要ではないでしょうか。
企業が取るべきアクション
とるべき方針を検討するためには、まず自社で勤務時間外の連絡に関する実態を把握しなければなりません。その実態を踏まえたうえで、会社としての方針を決め、施策に落とし込む必要があります。ここではそれぞれのアクションをどう進めるのか、3つのステップで解説します。
①現場の実態を把握する
部署や職種ごとに、業務時間外の連絡について実態を把握します。例えば営業では顧客から勤務時間外にどれだけ連絡が来ているのか、工場では人員不足による急な出勤要請がどれくらいあるのか、などを把握します。
同時に、それに対して従業員がどのように受け止めているか(ストレスに感じているか)を確認することも必要です。「顧客対応を最優先したいからできるだけ連絡は早めにしてほしい」「勤務時間外の連絡に心理的ストレスを感じており、対策してほしい」など、従業員の捉え方も様々です。
これらを確認する方法としては、勤怠管理システムとPCのログオン時間の乖離を確認する他、従業員へのヒアリングやアンケート調査などが考えられます。
②会社としての方針を決める
①で把握した勤務時間外の連絡の頻度や内容、従業員の受け止め方をもとに、自社では事業や業務を維持しつつ、「つながらない権利」をどこまで保障するかの基準を定めます。その際以下のように、勤務時間外の連絡を「社内・社外」と「緊急度の高さ」の2軸で分類することが有効です。
上記を参考に、「連絡をする」「極力連絡を控える」「連絡をしない」など、内容に応じて企業としての対応方針を決めましょう。従業員の価値観も個人ごとに様々ですので、全ての従業員の希望に応じることは現実的に難しいです。ただ、会社として方針を掲げておくことで、価値観の違いによる従業員間の軋轢を防止することができます。
③決めた内容をルール化・施策に落とし込む
②で決めた方針を具体的な施策に落とし込みます。最も強制力の強いものとしては、システムを遮断する方法がありますが、それ以外にも就業規則での明文化、ガイドラインの策定、教育研修なども施策として考えられます。
どこまでの強制力を持たせるかについては、企業の業種、業態や方針によるため、正解はありません。自社に最適なものを議論のうえ、施策を決定すると良いでしょう。
「つながらない権利」に対する企業の対応状況
上記で説明してきたように、「つながらない権利」については、企業の業務内容や方針によって対応方針は様々です。ここでは参考として、企業がどのように「つながらない権利」に対応しているのか、外部調査の結果から現状を見てみます。
必要と考える取り組みの1位は「明確なガイドライン策定」
帝国データバンクの「『つながらない権利』に関する企業の動向アンケート」(2026年3月)」によると、勤務時間外の連絡について対応ルールがある企業は全体で11.6%でした。大手企業に絞って見ると、ルールがある企業が12.1%と、全体での結果を上回っています。
また、「つながらない権利」の保障を推進するにあたって必要だと考える取り組みについては、1位が「明確なガイドライン策定」(49.3%)、2位が「管理職への意識改革・研修」(44.1%)、3位が「従業員への意識改革・研修」(40.6%)でした。
※出所:帝国データバンク「『つながらない権利』に関する企業の動向アンケート」(https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260313-tsunagaranai/)
筆者の所感としては、システムの遮断や就業規則への記載は強制力が強く、社内外への影響力も大きいことから、ガイドラインの作成や教育・研修を選択する企業が多いのでは、と考えられます。
おわりに|現状把握からはじめて「持続可能な働き方」を模索しよう
「つながらない権利」をめぐる国の議論は、2026年6月の労働市場改革分科会のとりまとめを経て、いよいよ具体的な在り方の検討へとシフトしています。現時点で法的な罰則や義務化は決まっていませんが、勤務時間外の連絡に対応することによる未払残業等の労務リスクや、従業員の心理的ストレスといった潜在的なリスクは常に存在しています。
本コラムで解説した通り、業務の特性や一人ひとりの価値観が異なる以上、この問題には一律の正解はありません。
最初の一歩として、まずはアンケートやヒアリングを通じた「現場の実態把握」から着手し、ガイドラインの策定など自社に合った取り組みを進めてもよいのではないでしょうか。




