2026年7月、民間企業における障がい者の法定雇用率が2.7%へ引き上げられました。
企業にはこれまで以上に、単なる雇用数の確保にとどまらない、個々の人材が役割を持ち価値を発揮するところまで見据えた対応が求められます。
それを実現するためには、障がい者雇用を特定の部署だけで担うのではなく、本人の特性や志向を踏まえながら、組織全体で活躍の場を広げていくことが重要です。しかし実際には、業務の切り出しや配置判断を現場に委ねている企業も多く、「どのような業務を任せるべきか」「どのような配慮が必要か」といった点で悩みを抱えるケースも少なくありません。
こうした中、大成建設株式会社様(以下、大成建設様)では、採用時から「就労準備性」を重視するとともに、入社後は本人が希望する配慮事項をまとめた「カルテ」を活用しながら、現場との丁寧な認識合わせを行っています。障がいの有無ではなく、一人の人材として強みや適性を捉え、配置や育成につなげる取り組みを進めています。
今回は、大成建設 人事部 人財いきいき推進室 北迫室長と紙谷課長に、WHI総研の角川がインタビューしました。
大成建設様が実践する、採用から定着・活躍までを支えるしくみと工夫について、前編・後編に分けてご紹介します。
前編では、採用における適性の見極めと、現場の受け入れ体制づくりについて触れています。後編となる本稿では、実際の現場業務とのマッチングプロセスや、社内の理解を促進するための全社的な研修、そして「誰もが活躍できる障がい者雇用に近道はない」と語る地道な風土醸成の取り組みに焦点を当てました。

今回の対談者
・北迫 様(写真右) 大成建設株式会社 人事部 人財いきいき推進室 室長
・紙谷 様(写真左) 大成建設株式会社 人事部 人財いきいき推進室 課長
1分サマリ
・配属先は本人の希望や適性だけでなく、各部署の受け入れ状況や育成体制も踏まえて決定。障がいの有無にかかわらず、ジョブローテーションや進路面接を通じたキャリア形成を支援している。
・配属後は本人だけでなく、上司や同僚も利用できる相談窓口を設置。必要に応じて専門の心理士とも連携し、孤立を防ぐセーフティネットを構築している。
・全社員向けの研修や年間300回を超える「タウンミーティング」を通じて、障がいへの理解促進だけでなく、社員同士が対話しやすい組織風土づくりを進めている。
・誰もが活躍できる障がい者雇用に「近道」はない。データを活用した継続的なモニタリングと、現場への地道な働きかけ、当事者社員の視点を活かした採用活動を通じて、着実に取り組みを積み重ねている。
目次
現場とのマッチングと定着支援― 本人の希望と現場の状況を踏まえた配属、そして孤立を防ぐフォロー体制 ―
角川:
前編では、採用プロセスの工夫やカルテを活用した入社前のすり合わせについてお話しいただきました。
続いて、入社後の配属や定着支援について伺いたいと思います。
配属先を決定する際、具体的にはどのように現場の業務と本人の特性をすり合わせていらっしゃるのでしょうか?
紙谷様:
まず、採用面接の際に、志望動機とあわせて「当社に入社したらどのような仕事に挑戦したいですか」といったお話を伺っています。
例えば、「会計事務所でアルバイト経験があるため経理業務に興味がある」「これまで多くの方に支えてもらった経験があるので、人をサポートする仕事に携わりたい」といった希望です。
そうしたご本人の意向を踏まえながら、最初は希望にあった配属先を検討しています。必ずしもそのとおりになるわけではありませんが、できる限りご本人の希望や適性に沿った配属となるように丁寧に検討を進めるようにしています。
配属先を決める際には、私自身が各部署の業務内容や組織状況を確認しながら、ご本人の希望や適性にできるだけ沿うように配属案を作成しています。
その上で、「新たな部署での受け入れ可能性を模索してみよう」「現在の組織状況を考えると、十分な指導体制を確保することが難しそうだ」といった観点も含め、現場の受け入れ余力や全社的なバランスを見ながら最終的な配属先を決定しています。
角川:
本人の希望だけでなく、各部署の状況や受け入れ体制も踏まえながら配属先を検討されているのですね。配属後、ジョブローテーションなどを通じて別の業務を経験する機会もあるのでしょうか。
紙谷様:
はい、あります。当社では多くの障がいのある社員がアソシエイト職(一般職)として勤務しており、障がいの有無によってキャリアの考え方を分けているわけではありません。そのため、上司とのキャリアプランに関する定期面談を踏まえて、必要に応じて他部署へ異動することもあります。
また、当社には人事評価制度があり、人事評価面談の中で、担当業務における課題や目標設定、その振り返りなどについて話し合う機会があります。そうした場を活用しながら、将来のキャリアや進路希望について相談できるようにしています。
実際に、多くの社員がこうした制度や面談の機会を活用し、自身のキャリア形成について相談しています。
角川:
長期的なキャリア形成まで見据えて支援されているのですね。
一方で、実際に働き始めると、業務面や人間関係など様々な悩みが生じることもあるかと思います。配属後のフォロー体制についてもお聞かせいただけますでしょうか。
北迫様:
配属後の相談窓口として、私たち人財いきいき推進室が対応しています。
特徴的なのは、ご本人だけでなく、一緒に働く上司や同僚も相談できる体制にしている点です。
私たちだけで対応できる内容もありますが、より専門的な支援が必要な場合には、外部の心理士と連携しながらオンラインで相談を行うなど、複数の相談先を用意しています。
角川:
ご本人だけでなく、一緒に働く上司や同僚にも相談できるのですね。
他の企業様のお話を伺うこともあるのですが、現場の管理職が一人で悩みを抱え込んでしまうケースも少なくない印象がございます。
北迫様:
実際に窓口には様々な相談が寄せられます。
「上司がなかなか理解してくれない」といった本人からの相談もあれば、「部下への接し方が分からない」といった上司からの相談もあります。
これは障がい者雇用に限らず、職場では誰にでも起こり得ることだと思います。
私たちがお伝えしているのは、診断名だけで相手を理解したつもりにならないことの大切さです。
医師の診断名はあくまで一つの参考情報に過ぎません。本当に大切なのは、目の前にいる社員が「何ができて、何に困っているのか」を丁寧に理解することです。
障がい者雇用に限らず、人材マネジメント全般に通じる考え方だと思っています。

全社的な相互理解と風土醸成の取り組みー「想像力」を育むオンライン研修と、年間300回のタウンミーティングー
角川:
目の前の一人ひとりの特性に向き合うためには、現場だけでなく、会社全体として理解を深めていくことも重要だと思います。
従業員の皆さんの相互理解を促進するために、全社的な取り組みは行われているのでしょうか。
北迫様:
はい。従業員全体の理解促進を目的として、外部の専門家を招いたオンライン研修を実施しています。
最近では、長年NHKの手話ニュースに出演されていた専門家にご登壇いただきました。その方は様々な障がいについて深い知見をお持ちで、「聴覚障がいといっても聞こえ方は人によって異なる」「発達障がいにも多様な特性がある」といった具体例を交えながら、配慮のポイントについてお話しいただきました。
角川:
参加された従業員の皆さんからは、どのような反応がありましたか。
北迫様:
社内ポータルで告知し、全国の支店や現場、大成建設グループ会社の社員等多くの社員が参加しました。
参加者からは、「普段は気づかなかった視点を知ることができた」「理解が深まった」といった声が多く寄せられましたね。
角川:
障がいの特性は一人ひとり異なりますし、自分の経験だけで相手を理解したつもりにならないことが大切なのですね。
北迫様:
仰る通りだと思います。
コミュニケーションで大切なのは、「相手はどのように感じているだろうか」「どのような考え方をしているのだろうか」と想像することです。
そうした想像力が、一方通行ではないコミュニケーションや相互理解につながるのだと思います。
また、障がい者雇用に限らず、会社全体の風土づくりとして力を入れているのがタウンミーティングです。
角川:
年間300回以上開催されていると伺いました。
北迫様:
はい。我々人事部が主催しているものではありませんが、小規模なグループに分かれ、役員と社員が直接対話する場を年間300回以上設けています。
ポイントは、直属の上司ではなく、普段接点の少ない役員と対話できるようにしていることで、従業員が率直に意見を伝えやすい環境を意識しています。
実際に、「私服通勤(オフィスカジュアル)を認めてほしい」といった声が若手社員から上がり、その意見が制度改善につながった事例もあります。
こうした対話を通じて社員の声を吸い上げ、一つひとつ改善を重ねていくことが、多様な人材が働きやすい職場づくりや定着にも結びついていると考えています。
「誰もが活躍できる障がい者雇用に近道はない」地道な継続が組織を変える―データによる可視化と、当事者目線を活かした伴走支援―
角川:
現場との対話や相互理解を大切にされていることがよく分かりました。
一方で、人事部門としては、全社的な雇用率の管理や採用計画の推進も重要な役割かと思います。
各部署の雇用状況はどのように把握されているのでしょうか。
紙谷様:
毎月、統合人事システム「COMPANY」から人財のデータを抽出し、建築・土木・管理・設計といった各本部や、全国の支店ごとの配属状況や雇用率を可視化しています。
会社全体で法定雇用率を達成しているかを見るだけでなく、「どの拠点で雇用が進んでいるのか」「どの部署で受け入れが進んでいないのか」といった状況も継続的に確認しています。
その上で、「今回はこの支店での採用を強化したい」といった形で、人材紹介会社とも連携しながら採用活動の方向性を調整しています。
角川:
データを活用しながら、全社的なバランスも見ていらっしゃるのですね。
最後に、障がい者雇用を推進していく上で、貴社が最も大切にされている考え方についてお聞かせください。
北迫様:
誰もが活躍できる障がい者雇用に、近道はないと思っています。
当社も最初から十分な理解やしくみが整っていたわけではありません。現在もまだ模索中です。
障がいのある従業員が活躍している姿を知ってもらうことや、相談窓口の存在を継続的に発信することなど、小さな取り組みを積み重ねてきました。
そうした積み重ねによって、「うちの会社にもこうした仲間がいるんだ」「困ったときに相談できる場所があるんだ」という理解が少しずつ広がっていくのだと思います。
私たち担当者も、現場に対して「こういう支援がありますよ」「まずはやってみませんか」と声をかけ続けています。
遠回りに見えるかもしれませんが、そうした地道な対話こそが、一番の近道なのではないでしょうか。
ちなみに、当社の障がい者雇用の採用担当3名のうち1名は障がいのある従業員です。
採用面接にも同席してもらい、当事者の視点から率直な意見をもらっています。
また、採用サイトなどでも当事者社員の声を積極的に発信しており、応募を検討されている学生の皆さんからも安心感につながっているという声をいただいています。
角川:
制度やしくみだけでなく、現場との対話や相互理解を積み重ねていくことの大切さが大変よく分かりました。
今回の取材で特に印象的だったのは、大成建設様が障がいの有無や診断名から人を捉えるのではなく、一人ひとりの特性や強みに向き合われていることでした。
採用では配属先ありきではなく本人の希望や適性を丁寧に確認し、入社後は本人の言葉で配慮事項を共有するカルテを活用する。そして配属後も、「何ができて、何に困っているのか」を対話を通じて理解しようとされていました。
こうした考え方は、障がい者雇用に限ったものではありません。多様な人材が活躍するこれからの時代において、人材マネジメントそのものに通じる視点ではないかと感じます。
一人ひとりを理解し、同じチームの一員として迎え入れる。その積み重ねこそが、誰もが活躍できる組織づくりの土台になるのかもしれません。



